「まぁ」

 快の質問に瀬奈が苦笑いする。産後、およそ三ヶ月間は育児の最初の難関として三時間おきの授乳が待ち受けている。この間、母親は昼も夜もない生活をどうしても強いられ、瀬奈も例に漏れず、出産翌日からこの過酷な生活を続け、慢性的な寝不足で少し疲弊していた。

「優月、昼間はよく寝るんだけど、夜は飲ませても目がランランで、どーやら昼夜逆転してるみたいなんだ」

「大丈夫か?」

「お義母さんから"昼間、優月と一緒に寝なさい"って教えてもらったから、そうして乗り切るつもり」

「……大変だな」

「うん」

 何となく感情のこもらぬ快の口調が気になり、瀬奈は優月を抱く快をじっと見た。

 実は、産後一ヶ月間、育児以外はできるだけ母親は体を休めていた方がいいとされていて、瀬奈は今までのように毎日、快を見舞いには行く事ができない。産婦人科の医師からも見舞いは一週間に一度にするよう言われている。初めての育児への不安と、快の精神面の心配とで、瀬奈は何とも言えない感情を毎日抱え、そして快も、これから瀬奈や優月に会えなくなる不安と一人の孤独、加えてEDを患った事での将来の悲観と、二人共がそれぞれに、重い気持ちを抱える船出になってしまった。

 瀬奈も気持ちが重すぎて言葉が出てこない。

「電話は毎日するね」

 抵抗力の低い新生児を長時間、病院で過ごさせる訳にはいかない。瀬奈はそう言うと凄く名残惜しそうに、快から優月を抱き取り、談話室でテレビを見て待っていた耕助と共に快の病室を後にした。



「もしもし、神童さんですか? ご主人が行方不明に――」

 数日後の夕方、瀬奈は看護師からのその電話に飛び起きた。

「すみません。精神科の石崎先生から神童さんの事は聞いていて、注意していたんですけど、二時間前から所在不明で……。スタッフで手分けして探してるんですが――」

 すまなそうな看護師の声は殆ど耳に入らない。瀬奈はたまたま休みで家にいた紗織に優月を預けると、車のキーを手に飛び出した。