『最初で最後の子供になるかも』

 ――"ED"についてあたしは何も知らない。退院したら調べないと。

「う……ああ~」

 突然、優月が目を覚まして泣き始める。瀬奈はハッとし、慌てて授乳の準備をした。



 ――やっぱり駄目だ……。

 その頃快は、入院先のトイレで、ため息をつきながら座って排尿していた。

 ――立ちションができなくなって、どれくらいになるだろう。

 立ち上がって服を整え、個室を出る。洗面台で手を洗いながらふと、顔を上げた。

 ――馬鹿面だな。

 鏡に映った自分を見てまたため息が漏れる。ついたところで事態が改善する訳ではなかったが、男としてつかずにはいられなかった。

 ――立ちションもできねー俺なんて、男としてサイテーだ。

 トイレを出て病室に戻りベッドに潜り込む。

 ――どーしてこうなっちまうんだ。

 悔しさと落胆で奥歯をギリギリ言わせながらシーツを握り締める。瀬奈が妊娠してから調子がよく、高校も無事に卒業して本格的に就活を始めた矢先に、何の予兆もなく腎臓が壊れ、こんなに長期に渡って入院するハメになってしまった。出産前の瀬奈の側にもいてやれず、出産には立ち会えたが、産後の瀬奈と優月の様子を毎日見に行く事ができない。

 ――苛々する。

 もどかしさと悔しさと情けなさが複雑に絡み合って、黒く重い感情が生まれる。

 ――父親として頑張らなきゃいけないのに……!

 順調だと思っていた道が突然崩れ落ちたような大きな絶望感に苛まれる毎日。唯一の救いは"うつ病"の症状の目立った悪化がない事くらいだった。とは言え、"うつ病"患者が精力減退から"ED"になるケースが多いという事を瀬奈から聞いていた為、心は波立っていた。

 ――このままもし、"ED"が治らなかったら……。

 "人間"としての自信を失っている上に、"男"としての自信も奪われようとしている現実。

 ――俺って……どこまで駄目なんだよ……。

 すぐそこで闇が口を開けている。墜ちてゆく感情の中、快はただじっと、唇を噛むしかなかった。



「退院したよ」

 数日後、退院の日を迎えた瀬奈が優月を抱き、耕助と共に快の病室にやって来た。

「ほら、お父さんだよ」

 授乳や排泄時以外、殆どの時間を寝て過ごしている優月を快の腕に抱かせる。快は恐る恐る、瀬奈から優月を受け取り、小さな顔をじっと見つめた。

「夜、大変か?」