"褒められる"事に慣れていない瀬奈が頓狂な声をあげると、快は窓の外を眺めたまま、ボソリと付け加えた。「あんな格好してると……見違える」

「……本当?」

「ああ」

 滅多に褒められた事がない上に、相手が快なので、瀬奈は凄く嬉しくなったが、それを素直に表すのが恥ずかしく、グレープフルーツジュースのストローをかじりながら、グイッと一口、喉に流し込んだ。

 冬へと着実に向かっている寒空の下、片隅に集まる落ち葉を踏み締めながら、コートやジャケットを着込んだ人々が二人のいるカフェを通り過ぎて行く。恥ずかしそうにジュースを飲んでいる瀬奈を横目でチラと確かめた快の心中は、少し揺れていた。



 ――何だか慌ただしくいろいろ決まっちまったけど……大丈夫かな。最近はマジで調子いい。けど、治った訳じゃない……。その証拠に変わらず薬は処方されてるし、通院も続いてる。

 カフェを出て歩き出しながら、快はそっと瀬奈に目をやった。瀬奈は何か考え事をしているらしく、妙に真面目な顔をして歩いている。

 来年の夏には赤ん坊が生まれる……。

 瀬奈の腹部はまだまだ目立たないので、当然、快にも実感はない。

 "父親"……か。

 まだ十九歳でしかも学生、加えて病気持ち――。そんな状況下で"父親予備軍"になった自分に何だか窮屈さを感じる。しかし、不安を感じながらも"新しい生命"を迎える事が嫌ではなかった。

 ――この先、どんな事が俺を待ち受けてるのか……。不安だけど、瀬奈の中の生命を粗末にするような事だけは絶対にしたくない。きっと後悔するから。

「快」

 考え事をしている快に突然、瀬奈が声をかけてきた。

「本当に……これでよかったの……?」

 まるで快の心中を見透かしているような質問に、快はぎくりとした。

「……何が?」

 動揺を隠しながら冷静に返すと、瀬奈は指で遊ばせていた髪を離し、少しうつむき加減で呟いた。

「何だか慌ただしくいろいろ決まっちゃったから……大丈夫かなって。あたしの妊娠や結婚が、負担になってない……?」

 ずっと抱えていた思いをようやく口にしたのだろう。瀬奈の言葉に快は足元へと視線を落とした。

「……判らない」快は正直な気持ちを口にした。「でも、大丈夫って信じるしかない……」
快の答えを瀬奈は黙って聞いている。