「特にいつかは決めてないけど……」

 戸惑った様子で瀬奈がそう返すと、快は彼女のベッドに腰掛け、痛いくらい細い体で、しっかりと真っ直ぐに瀬奈を見た。

「仕事が終わる頃迎えに行く。一緒に病院行こう」

「……」

 快の言葉に瀬奈が一瞬、瞳を見開いたが、すぐにうなずき、真っ直ぐ快を見つめ返した。



「これです」

 その日の夕方、瀬奈と共に産婦人科医院を訪れた快は、持参した精神科の薬を医師に見せた。

「教えてください。僕の飲んでる薬は、胎児に影響しますか?」

 まるでうつ病を発症する前のような、しっかりとした快の口調に、隣に座っていた瀬奈は驚いた。医師は差し出された薬の袋を受け取ると、一つ一つ丁寧に中身を確認していった。

「うつ病の診断を受けられたのはいつですか?」

「去年の六月です」

「薬の服用は?」

「診断とほぼ同時期です。でも、症状によって多少変化するので……」

「かなりの種類を服用されてますね」

「はい」

 医師と快の会話が診察室に響く。医師は確認した薬を丁寧に袋に入れると、それを快に返した。

「はっきり言いますが、"影響がない"とは言い切れません。ただ、精神科はわたしも専門外なので、精神科の方でも一度確認してください」

 医師の正直な言葉に快の瞳が曇る。医師は快から瀬奈に視線を移すと、彼女をじっと見た。

「薬の影響については城ヶ崎さんにも同様の事が言えます。インフルエンザの予防接種を受けたと言われましたよね? 現時点ではどんな障害が出るのか、必ず奇形が生まれるのか、はっきりと申上げる事はできません。しかし、影響がないとも言い切れません。酷な事ですが、後は両親であるお二人の気持ち次第です」

 医師の言葉に瀬奈も快も黙ってうなずいた。

「判りました。明日にでも精神科の方に確認してみます」

 先に快が静寂を破る。瀬奈も頭を下げ、二人は診察室を出た。

 どちらも"影響がない"とは言い切れない。

 病院を出ると冬に向かう空は紫に染まり、冷たい風が強く吹いていた。二人は自然に体を寄せ合い、ゆっくりと家へ向かい、歩き出した。

「明日、病院行って訊いてくる」

「うん……」

 瀬奈は妊娠初期特有の痛みを微かに下腹部に感じながら、静かに快の言葉を聞いた。