――ここまで来たらもう、覚悟するしかない!!

 目の前の内診台がまるで"早く来いよ"と言っているように彼女を見据えている。瀬奈は覚悟を決めたように下着を取ると、内診台に上がり、左右に開かれた台にそれぞれ足を置き、横になった。

「少し待ってね」

 瀬奈が準備を整えた事を確認した看護師がタオルを広げて下腹部にかける。羞恥でいたたまれない気持ちになり、瀬奈は思わず目を閉じた。

 昼休憩、昼食を買いに出たついでにドラッグストアに寄り、検査薬を購入して妊娠の有無を確認した瀬奈は、陽性結果を受け、仕事帰りにここへやって来ていた。

 ――居心地悪い。

 病院を訪れた時からずっと感じている窮屈感。瀬奈はその何とも不快な感じを胸に抱え込み、少しドキドキしながら医師の診察を待った。

 妊娠している事は検査薬でもう判っている。問題はそこから先。看護師が器具を用意しているらしく、カーテンの近くで金属の触れ合う音がする。その音はとても無機質で神経に触り、瀬奈は思わず唇を噛んだ。

「はい、じゃ、力抜いてね」

 医師の優しい言葉を合図に診察が始まる。医師が医療用のゴム手袋を装着している音を聞きながら、瀬奈は一応、肩の力を抜いた。

 少し間をあけて、冷たい器具が鈍痛を連れて挿入された。瀬奈は唇を噛み、お腹の上で両拳を握った。

「見える?」医師の声と共に、横のモニター画面に子宮の内部が写し出される。

「ここに胎嚢があるんだけど判るかな? ちゃんと子宮内で妊娠してるからね」

「……はい」

 ――子宮内か……。

 瀬奈の迷いを知らぬ医師の言葉はとても暖かく穏やかで優しい。やがて内診は終わり、内診台を降りた瀬奈は下着をつけ、医師の待つ診察室へ戻った。

「えっと、最終生理は先月の三日って話だから、出産予定日は来年の七月初旬か中旬だね、おめでとうございます」

「……」

 産婦人科医が天職のような温厚な医師の言葉が、瀬奈の耳をスルーしていく。

「あの……」

 瀬奈は一度唇を噛んだ後、意を決したように口を開いた。

「もし、もし堕胎手術するとしたら……今ならいくらかかりますか?」

 瀬奈の言葉に、医師の瞳に浮かんでいた暖かい笑みが消えた。



「……ただいま」

 三十分後、瀬奈は重たい足取りで神童家に帰宅した。

「お帰り瀬奈ちゃん」

 夕飯はカレーらしく、スパイスの香りが漂うキッチンから紗織が顔だけ出して声をかけてくる。