「アメリカ!?」
英明の言葉に瀬奈は目を丸くした。
「ああ、仕事で来月から――」
テーブルの上のコーヒーからゆらゆら立ち上ぼる湯気の向こうで英明は腕組みしてため息をつく。
快が退院して半年ほど経った十一月のある日曜日。家族全員がまったり過ごしていた昼下がりの神童家を突然、英明が一人で訪ねて来た。
「あの、お母さんは……?」
"あの日"以来、連絡の途絶えた愛美の事をおずおずと瀬奈が尋ねると、英明は紗織が淹れたコーヒーをゆっくり口に運んだ後で、ため息と共に言葉を吐き出した。
「瀬奈ちゃんの事は心配してるようだけど、もう会う気はないと言ってる。まだ……結奈ちゃんの死を受け入れられないみたいで……」
英明の言葉に瀬奈だけでなく、リビングにいた全員の顔が曇る。一瞬にして沈んだリビングで、やがてゆっくりと、瀬奈が口を開いた。
「あたしも……あの場であんな事、言うべきじゃありませんでした」
「いや、瀬奈ちゃんは悪くないよ。結果的にそう仕向けたのは愛美だから……」
英明の優しい口調が沈んだ空気をやんわりと持ち上げる。少しだけ和んだ空間に、コーヒーの香ばしい香りが広がった。
「今日来たのは、日本を離れる前にこれを渡したくて」
そう言って、英明がバッグから大きな封筒を取り出す。瀬奈は不思議そうにそれを受け取ると、英明を見た。
「これは……?」
「きみのお母さん……産みのお母さんについて書かれてる」
「えっ……?」
英明の言葉でまた空気の色が変わる。瀬奈はゴクリと唾を飲み込み、じっと封筒を見た。
「どうして……」
「すまない」
英明はそう言うと、瀬奈に頭を下げた。「僕が勝手に調べたんだ。愛美にも昨日話したばかりだよ」
ただ一枚の写真と、"セリナ"という源氏名しか判っていない産みの親。皆の視線が瀬奈に集中する中、瀬奈は封筒から書類を取り出し読み始めた。そこには英明が雇った興信所の探偵により調べられた、瀬奈の実母の事が記されていた。
「あたし、やっぱりロシア人とのハーフなんだ……」
書類を読みながら瀬奈が呟く。書類には瀬奈の実母の本名と、瀬奈が持っているものより少し時間が経過したと思われる写真も載っていた。
「もう、亡くなってるんですね」
ざっと書類に目を通した瀬奈が顔を上げ英明を見る。英明はうなずき、瀬奈がテーブルに置いた書類に目を落とした。
「お母さん……ユリアさんはきみを生んだ後、別の街で夜の仕事をしていて、無理がたたったんだろうね、体を壊して家族のいるロシアへ戻って、そっちで……」