「山科くんも、山科くんの従兄さんも悪くないのにね。もちろん彼女も。でも、彼女には申し訳ないけど、誰だって毎日リスカの縫合跡見せられたら参っちゃうよ……」

 携帯電話の向こうで菖蒲が嘆く。

「うん、そうだね……」

 菖蒲の嘆きに、瀬奈はそう言ってうなずくしかできなかった。

 ――うつ病の実態を知らない人たちが無責任な発言を安易にするから、きっと山科くんや、山科くんの従兄さん、たくさん傷ついてる……。

「瀬奈は偉いよ。神童くんをしっかり支えて……。山科くんじゃなくても関心する」

「……やめてよ」菖蒲の言葉に瀬奈は見えないのに思わず首を振った。

「あたしはちっとも……」

「ううん。本当によくやってるって。それから……ごめんね、山科くんの事、言わなくて……。ちょうど瀬奈もお姉さんの事で大変な時期だったから……」

「あ……」

 菖蒲の言葉に瀬奈が戸惑った返事をする。

「ううん、あたしこそ何だか根掘り葉掘り聞いちゃって……」

 時計の針が零時近くになる。

「ごめんね菖蒲、夜中に」

「ううん。瀬奈も無理しないでね」

「ありがとう」

 そう言って瀬奈はゆっくり携帯電話を閉じた。

 ――噂……か。

 長く息を吐き出しながら、瀬奈はゆっくりベッドにひっくり返った。

 快の闇、山科くんの闇。うつ病患者を覆う黒い闇……。

 入院後、まるで片時も離れていたくないと言うように、激しく瀬奈を求めるようになった快。

 この闇は一体いつまで続くんだろう?

 思考を遮るように、睡魔が瀬奈の瞼を重くしてゆく。

 ――いつか……この長い闇を抜けれるんだろうか……?

 眠りの闇へと瀬奈が落ちてゆく。

 ――いつか……きっと、抜けられる。もし抜けられなくても、あたしはずっと快の側に……いる。

 真っ暗闇に支配された視界。様々な想いを抱えながら、瀬奈が完全な眠りに落ちた。