――あ、あたしの好きな物……。

 紗織のさりげない優しさに感謝しながら遅めの朝食を始める。紗織が病院へ行く準備をする中、いつもよりゆっくり朝食を終え部屋に戻った瀬奈は、背中から倒れるようにベッドに崩れた。

 まるでマットレスに強力な磁石が仕込まれているかのごとく、背中がベッドに引きつけられる。

 定まらぬ視線が部屋中を彷徨い、天井でくすぶり回り出す。

『彼を支えてあげてね』

 不意に頭に浮かぶ石崎の言葉。

 ――あたし、役に立ってるのかな……。

 眠ったはずなのに落ちて行く眠りの海。

 ――あたし、支えになってる……?

 急速に遠のく意識。

 ――ねぇ、快……今夜は、大丈夫……だよ……ね……?

 微かな寝息と共に瀬奈が眠りにつく。玄関では紗織が病院へ向かう為、靴をはいていた。



 数日後、暦は四月になり、瀬奈は社会人としての一歩を踏み出した。快はあの日以降、瀬奈や耕助たちを困らせる事はなく穏やかに入院生活を過ごし、待ちに待った週末の外泊日を迎えた。