「……」

 そのまま会話が途切れる。やがてキッチンからリビングへ、コーヒーのいい香りが漂い始めた。



「――瀬奈!」

 目覚めた快は、隣に寝ているはずの瀬奈の姿がない事にひどく驚いた。

 ――瀬奈……?

 広いダブルベッド。目の前に広がる大きな窓からは、朝日が何も知らないと言う顔で、容赦なく快の網膜に清々しい光をぶつけてくる。

 快は逃げるように朝日から顔を背けると、重たい体を引きずり、這うようにベッドを出、瀬奈を探した。

 ラブホテルにしてはカジュアルと室内。テレビの側のラブチェアに瀬奈の鞄を見つけ安堵する。と、ガラス張りのバスルームから、微かに液体の動く音がし、快はそっちに視線を投げた。

 円形の浴槽一杯にお湯をはり、肩まで浸かっている瀬奈の後ろ姿がガラス越しに確認できる。黙ってじっとその姿を見つめていると、その気配に気付いたのか、瀬奈が肩越しに振り返り、視線が重なった。

「あ……」

 小さく声を発し、快に背を向ける格好で瀬奈が立ち上がる。浴槽を出た彼女はそのままバスローブを羽織りバスルームのドアを開け、快を見た。

「ごめん、起こした?」

 快は無言のまま、瀬奈を抱き締め、言った。

「びっくりした……。目が覚めたらいないから……」

「ごめん、夕べ……お風呂入らなかったから」

 重い体で、快は必死に瀬奈を抱き締めた。

「ごめん……」

 別に悪い事をした訳でもないのにそう言って、瀬奈がそっと彼の背中に腕を回した。

「……瀬奈」瀬奈を抱き締めたまま、快は呟いた。

「俺、やっぱり病院に戻るよ」

「……えっ?」

 その言葉に瀬奈が快を見た。

「本当?」

「うん」快は抱き締める腕に力を込めるとうなずいた。

「夕べのあの……とても不安な感じ、たまらなかった……。あのまま、死ぬんじゃないかと思った。だから……病院に戻る。入院してたら、すぐに対処もしてもらえるだろうし」

「判った、すぐ着替えるね」

 快の背中を優しく撫でながら、瀬奈はそう言って微笑んだ。



「昨夜はすみませんでした」