「瀬奈ちゃんには……苦労ばかりかけるな」

 耕助の表情が歪んでいる。恐らくそれは、寝起きのせいではないと、紗織は感じていた。今の自分たちは、情けないくらいに瀬奈に頼り切っている。耕助は改めてそれに気付いているに違いない。なぜなら、自分もそう思っているから。だからため息が漏れる。白く色を変えてゆく空が、とても虚しく二人の瞳には映った。

「紗織」

「……はい」

「去年、快が今の病院に転院すると言い出した時、正直俺は……腹が立った」

「え……」

 耕助の告白に紗織は驚いた。耕助は一度そこで言葉をとめると、先を続けた。

「せっかく治療してくださってるのに、“通うのがしんどいからって何だ!!”と……。"わがままもいい加減にしろ"と――。もし、瀬奈ちゃんからの助言がなかったら、いくらあいつが病気でも、殴っていたかもしれない」

「……」

「"否定しない"ってのは、辛いよな……」

「確かに……そうね」

「……今も、あんな勝手な事して病院に迷惑かけてるあいつに、腹が立ってるよ」

「確かに……良くない事ね」

 そう言いながら、コーヒーを淹れる為、紗織が立ち上がる。

「これから、どうなっていくんだろうな、快は」

 耕助が呟く。と、

「お父さん」

 紗織が口を開いた。

「こんな時に言うべきじゃないけど、わたしは……快が瀬奈ちゃんと結婚してくれたらって思ってます」

「……えっ?」紗織の言葉に今度は耕助が驚いた。

「結婚?」

「はい」

 フィルターに挽いたコーヒー豆を入れながら、紗織が言葉を続ける。

「快には瀬奈ちゃんが必要だし、実際、瀬奈ちゃんが快を支えていて、あなたもわたしも瀬奈ちゃんを頼りにしている。瀬奈ちゃんと快なら、反対する理由もない」

「……そう、だな。だが」

 紗織の言葉に小さくうなずきながら、耕助は瞳を曇らせ、言葉を継いだ。

「……今、結婚すれば、瀬奈ちゃんは"うつ病"という病気を背負う事にならないか? もちろん、今でも充分、背負ってくれてるが」

「……そうね」

 耕助の言葉に紗織は目を伏せた。「瀬奈ちゃんがかわいそうね……。でもわたし、一日も早く、瀬奈ちゃんを"家族"として迎えてあげたいの。瀬奈ちゃんには……誰もいなくなっちゃったから……」