あれから随分時間も経ち、僕は普通の人と同じように生活できるようになっていた。

決して忘れたわけではない。
忘れることなんかできない。
でも、それで良い。

この気持ちは、僕の中だけに秘めて。







今日は高校の入学式。

生徒達はこれから始まるであろう楽しい高校生活に、胸を踊らせているらしい。

伊織はといえば、多少狼狽えた表情で斜め上を見上げていた。
先程の自己紹介で、一際目を引いていた女生徒“榊原 雪架”が、何故か伊織の目の前で立っている。
しかも輝かんばかりの可愛らしい笑顔で。

狼狽えるのも無理はないだろう。

何せ彼女と伊織は初対面なのだから。
伊織は何故彼女が自分の前に居るのが分からなかった。


初日に目を付けられるような行動をとった記憶もないし、そのつもりも全くない。

が、何処かで気付かないうちに彼女に気に障ることでもしてしまったのか。


可能性を考えるならば、高確率で後者だ。
そうでなければ説明がつかない。

何故なら伊織は、今日誰とも会話を交わしてはいないし、行動も殆んど無いに等しい状態だった。


だからこそ、伊織は何かその行動自体が気に障ってしまったのかと思考を巡らせる。

嫌な汗が出ようとしたその時、雪架は少し困ったような表情をした。


「驚かせた?別に怒りに来た訳じゃ…」

「…そうなの?」


どうやら、伊織の杞憂だったらしい。

話し掛けようとして伊織の前に立ったところ、不思議そうに見詰められて話し掛けるタイミングを逃してしまったらしい。

それで何かの修羅場のように笑顔で見つめ合う羽目になったらしい。


「あー…ごめんなさい」

「気にしないで?」


優しい笑顔でそう語られ、伊織はすまなそうに頭を下げた。

隣の人がもう帰宅していたため、伊織は席を勧める。


「で…話は…?」

「特に無いかな」


笑顔で言い切った雪架に、流石の伊織も顔をひきつらせる。



「友達になりたいなって思って」

「……友達に?」