届けたい想い



プール騒動から数週間が経ったある日、伊織は昼休みを利用して図書室を訪れていた。

図書室には冷房も効いていて、落ち着いた環境で読書ができる。

たまに騒がしい連中もいるものの、そういう輩は図書室の教師が追い出してくれる。
快適な空間が、伊織の趣味を助けていた。


「…柏木だ」

「伽藤君だ?」


声の聞こえる方を見れば、其処に居たのは伽藤だった。
静かに読んでいた本を閉じ、伽藤の方に向き直る。

伊織が隣を勧めると、伽藤は静かに椅子に腰を下ろした。


「どうしたの。珍しい」

「たまには良いだろう?来たって」


そのまま伊織の読んでいる本を横から除き込んだ。
彼が少しでも見易いようにと、伊織は本を伽藤の方に近付ける。

伽藤はと言うと、本の左側に手を沿えた。
伊織の負担が少しでも消えるように。


遠巻きに眺めていた女子達は、当然面白くないはずだ。
それを知っている伊織は、どうしたものかと伽藤に目を向ける。

それに気付いた伽藤は、気にするなと言うように笑って見せた。



「悪いのは君じゃないから」

「…そうなだけど…」



尚も心配している伊織を、伽藤は可笑しそうに笑った。

伊織は諦めたようにため息を吐き、そのまま本に目を落とした。



「これどんな話?」

「無神論について」



無神論のあれこれについてが書かれている。
ルクレティウスという哲学者の書いた『物体の本性について』をもとに書かれている本だ。

伽藤はそれを聞いて、良くそんなものを読んでいるな、と言って笑った。



「無心論者だから、読んでると共感できる」



楽しそうに答える伊織を見た伽藤は、俺も神は信じてないし、と言って今度は真剣に読み出した。






その日の授業も終わり、伊織は帰宅の準備をしていた。

するとそこへ、掃除を終えた伽藤がやって来た。



「途中まで帰ろう」

「…僕と君が?」



それ以外に誰が?
まるで当たり前のように答えた伽藤に、流石の伊織も苦笑を漏らした。


結局力負けした伊織は、伽藤と帰路を共にしていた。

男性と肩を並べて歩くのは何時振りか。
そんなことを考えそうになるのを、伊織は必死に思考回路から削除した。



「…体調でも悪い?」

「…思い出しそうで」



ポツリ、遂に本音を口にした何時に、伽藤は穏やかな視線を向けた。