その日の放課後、健斗は保健室を訪れていた。
プールに突き落とされた伊織が健斗の問いに答えた直後、糸が切れたマリオネットのように意識を失ったのだ。
すぐに保健室に運ばれたものの、結局今まで教室に戻って来なかったのだ。
秀弥や雪架も心配していたが、部活のミーティングがあって保健室に行けなかったらしい。
「……何で俺が」
結局、サボリ常習犯である健斗が伊織の様子を見に保健室に来た次第だ。
≪コンコン≫
「失礼します」
保健室の扉を開け中に入ると、保険医の女性が此方を向いた。
笑顔で「伊織さん?」と言うと、幾つか並んだベッドの一つに案内した。
「さっき目を覚ましたところなの」
そう言いながらカーテンを開け、友達が来たことを伝えたようだ。
「……友達?今部活の筈」
「男の子の」
男子?
不思議そうな声でそう呟いたらしく、健斗には断片的な言葉しか聞こえなかった。
「具合どう?」
「っえ」
保険医の背後から急に顔を出したからか、伊織は何故か驚いていた。
もう放課後だと伝えると、今度はその事実に驚いたようだ。
「……教えてないの?」
「忘れてた」
にこやかにそう言うと、保険医はその笑顔のまま保健室を出ていった。
「……で、具合どう」
「大丈夫、かな」
短く欠伸をして、そのままベッドから降りる。
鞄を手渡すと、驚いたようにして口を開けた。
「有難う」
「今から行ったら時間掛かるし」
病み上がりみたいなもんなんだから。
そう言って伊織を見ると、伊織は少し微笑んだ。
「……帰り道どっち」
「校門出て左」
伊織の短い問いを聞きながら、健斗は昇降口までの廊下をゆっくりと歩く。
この高校の廊下は、100m走が出来そうな位には長い。
そのためこの廊下を歩くだけでも結構疲れるのだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「ねぇ」
「あ、伽藤君だ!」
暫くの沈黙の後、健斗が何か言おうとするのと同時に後ろから声を掛けられる。
「じゃあ僕行くね」
「じゃ」
その声が聞こえるとすぐに、伊織は別れを告げてその場を立ち去った。
健斗もその後を追う様にして、逃げるようにその場を去るのだった。