え?

 彼女はよく聞こえなかった。その小さくなっていくピノキオの声を聞き取りたくて、思わず前のめりになる。握っていた彼の両手が、すうっと冷たくなったのが判った。

「ぴの――――――」

 ぎゅるん、と景色が渦をまいて、一面の青が、一瞬で弾け飛んだ。



 パチン!



 そんな音を耳元で聞いたような気がして、彼女は恐る恐る目を開ける。

 何だか、洗濯機で回されたみたいな感じね、そう呟いて、ゆっくりと周りを見渡した。

「・・・・あら」

 そこは、千沙の部屋。

 独身の27歳の、総合商社に勤めている会社員の甘地千沙の部屋だった。シンプルな家具と雑然と散らかった服や雑誌。

 彼に振られてから興味がなくなって、掃除をしていなかった、あの夜の部屋だった。

 彼女は床に寝転んでいたようだ。少しばかり呆然としながら、上半身を起こして周囲を確認する。

 たまにチカチカ音の出る電灯。転がった箸。濃紺のカーテン。花柄のコップと冷めたご飯。いつもの、部屋。

「え?ピノキオ?」

 千沙は慌てて声を出す。

 さっきまで手を繋いでいた、生きた彼はどこ?結局最後のドアを開けないと、あの時間は終わってしまうってことだったのだろうか。だったら多少不快でも開けておくべきだった?

 色んなことが一瞬で頭の中を駆け巡る。焦った彼女が完全に体を起こした時、彼は、ベッドの上に居た。

「・・・落ち着いて。また立ちくらみが起こるよ、千沙」

 緑のシーツの上、まだ人間の状態のままで、ピノキオが座ってニコニコしていた。