薄暗いパブの中で、彼女はするっと手をあげた。

 しっかりと杖を地面につきながら、男が一人店の入口から彼女の方へむかって歩いていく。カツカツと音を立てて、彼は自分の存在を店中に知らせようとしているようだった。

「いらっしゃい、いつものすぐにもっていくわね~」

 店のカウンターで、再婚したばかりのママが幸せな笑顔を振りまきながら男に言った。彼はひょいとそれに手をあげて答える。

 彼女は口元を緩めて、自分の方へ近づいていく男をみていた。

 ・・・ああ、やっぱり年をとってるねえ。そりゃあそうか、だって私もこんなによぼよぼになってしまっているんだからね・・・。

 一瞬、薄暗いパブの中が、過去の記憶で埋め尽くされる。

 まだ戦争をしていて、大きな国との衝突に備えてそこら辺りに新聞紙が散らばっていたものだった。皆辛気臭い顔をして、明日食べるご飯やなくなるかもしれない仕事の心配をしていた。その時、彼と彼女はまだ20歳を少し越えたばかりで、未来の心配をするには若すぎたし、もしかして死んでしまうかも、などとは思わずに、ただ人生がうまいこと運ばないのは全部戦争のせいだ、と思うことにしていたのだった。

 あの日も彼と彼女はここで待ち合わせしていた。

 二人は寄宿学校を卒業してからの友達で、共通の友達を引き連れていつでも一緒に街を練り歩いていたものだった。

 何人かの友達は志願して兵士になったし、女達は看護で戦地へ出て行くそんな時代、彼女は小さな新聞屋で記者をしていたし、彼は父親の牧場を継いで牛の世話をしていたので無事だったのだ。