雨の夕暮れは物悲しくなって困る。

 千沙はそんなことを思いながら、右手に持っているタバコを包み込むようにして深く吸った。


 ベランダで、音を聞いていた。


 聞こえる喧騒は他人事としてみれば幸せそうでもあるし、自分事としてみれば厳しく辛いものにもなる。親子が喧嘩していて、その内容は他愛もないものであったから、ただ、千沙は笑う。何だかんだ言って、仲がいい証拠だよね、って。だけれども、あの親子当人だったなら、やはり罵りあうのは悲しいことだろうし、相手を一瞬でも憎らしく思ってそれは罪悪感となって数時間は漂うことになるんだろう。

 舌先が痺れるようなピリピリを感じて、撫でるように人差し指を口の中に突っ込んだ。


 タバコを覚えたのはまだ10代の頃からだった。

 それが法律に違反しているという意味で悪いことであるとは判っていたし、別に格好がつけたくて始めたわけではなかったから、誰にも言わなかった。指に匂いが染み付いてしまわないように、髪にも服にも移り香が残らないように、慎重に顔を突き出して青空の下で吸っていた。

 スパイスのようなものが欲しかったのだと思う。

 平坦に続いていく毎日の中で、周りが恋愛だクラブだバイトだと何かに熱中している頃、千沙にはそれがなかった為に持て余した暇を、タバコを吸うということで紛らわせていたのだろうと、今なら彼女は思うのだ。

 そのころの学校の屋上では、まだ空はすごくすごく高く見えて、自分の人生は果てしなく続くようにも、一瞬後に終わってしまうようにも感じていた。それが怖いことではなかったのは若さだったのだろうか。

 そんなことを考える暇も体力も、あの頃にはあった。