「お父さん、……ごめんね?別に悪口言っていた訳じゃないよ?」
厳格な視線で、私を見下ろす父の前で。
私はちょこんと正座して……
…………反省中。
「まあまあ、そんなに怒らないで。」
お膳を仏壇において……
両手を、合わせる。
「………………。」
父は変わらぬ硬い表情を浮かべたまま…、蔑むこともなく、ただじっと……狭い枠の中に閉じ込められたまま。
無言を……貫く。
嫌いだった…わけじゃ…ない。
ただ、口を開けば……説教。
威圧感も半端ないし、父が一言言えば…、母なんて、3つのことをこなしてしまうくらいに。
見事に…亭主関白な家庭だった。
うちの高校を首席で入学した父と…、そこで出会った母は、同級生だったと聞く。
詳しいことはわからないけれど、長き交際を経て…結婚した、と……。
父は母校で教職につき、部活の顧問もしていて。
遠方から通う生徒を不憫に思い、家に招いて面倒見るようになったのが…下宿屋の始まりだった。
生徒に説教する姿も、大口を開けて豪快に笑う姿も、沢山沢山…見てきた。
でも、それくらいしか……知らない。
仕事が忙しくて、父と二人で過ごす時間など…殆どなかったからだ。
病気を患っていたことも、倒れて死に至るその時まで…
知らなかった。
多くは語らず、
弱音も吐かず、
頑としていて……。
最期まで……威厳を保ち続けた。
母の無念を知ったのは、初七日を終えた…夜だった。
人知れず、父のいたこの部屋で……
声を押し殺して…泣いていた。
私が、中3の……春だった。
母の言うように、理屈じゃなくて…
父のことは、好きだった。
生徒たちにも慕われ、一家の大黒柱として、ただそこにいるだけで…
安心できた。
「無条件な愛って……そういうことなんだろうな。」
父と母が愛した学校に……なんとしてでも入りたかった。
馬鹿で、どうしようもなくても。
父が誇りであったと…、
証明するために。
補欠だけど、何とか入ったこの学校で…、
私は……出会った。
瀬名 広斗……、アンタに。
両親の出逢いと、自分の理想が……ごちゃ混ぜになって。
きっと私は…、夢を見ていたのだろう。
『私は……アンタじゃない。それに。……瀬名くんは…お父さんじゃないんだし。』
母のそんな発言が……。
余計に、ずしりと……胸にのし掛かった。


