顔を上げられずにそのままの体勢で固まっていると、

突然何かを思い切り頭にぶつけられた。


「いったぁー……」


思わず顔をあげると、ボールが落ちている。

誰かが忘れていったのだろう、

日に焼けてしなびた野球ボールだ。

これを思いっきり投げつけられたらしい。


見上げると、大きな流木を片手に持った藤が、

にやりと笑っていた。


「マッキー、野球やろうぜっ」

「や、やきゅう?」

「早く早く!」


どうやら、流木がバットの代わりらしい。

藤に腕を掴まれて、私はためらいながらも立ち上がり、

ガキみたいな野球が始まった。


夕焼けが近づく砂浜の上、藤がボールを投げる。

私は、思いっきりバットを振る。

ボールは見事に芯に当たり、大きく飛んで行った。

さすがマッキー、と藤が笑ってボールを追いかける。

私を振り返る白い頬が、夕焼けに赤く染まっている。


最初はイヤイヤだったけど、だんだん二人とも本気になって、

かなり熱くなってはしゃいでしまった。


藤は本当に運動神経が悪くて、

ボールを投げればノーコンだし、

バットを振れば空振りしまくり。


そのたびに私が爆笑するものだから、

藤はすっかりスネてしまって、

ふいに私のところへやってきて、

いきなりケツをバットで打ち始めた。


「きゃあぁぁっ、ちょっとやめてよ!!」

「オマエほんといいケツしてるなー」


きゃあきゃあ逃げ惑う私を、

藤が流木を振り回して追いかけてくる。

苦しくて、おなかが痛くなるくらい、笑い転げた。


空気までほんのり赤く染まるような、

茜色の空と同じ色の海を背景に、

私を追いかけて走る藤の、あの笑顔は、

今でもはっきりとまぶたの裏に焼き付いている。


ああ……。

もしかしたらこのときが一番、幸せだったのかもしれない。

それほど、美しい記憶。