このとき、ロイは自分の神類であるサターンを見つめていた。自分の幼少期の頃の姿の彼を。

なぜ子供の姿をしているのか、と聞いたときがあった。彼は、この姿の方が動きやすい、と答えた。

確かに、大人の体格では邪魔になるときがあるのかもしれない。



ルカンとグレンは、それぞれの神類を凝視していた。初めて見る彼ら。しかし、自分の子供の頃と同じ容姿をしているし、話には聞いていたためそこまで驚きはしなかった。

でもやはり、その姿をまじまじと見てしまう。




「……てめっ!勝手に俺の身体使うな!」

「あ?いーじゃん別に。減るもんでもなし」

「減るわ!男が女口調してどーすんだよ!」

「あたしに男になれっての?アホらし。却下却下」

「てめっ!っ……」




ギルシードの身体がひとりで漫才をしている様子をただぽかーんと見ているシーナ。

マーズはうるさいのか片手で口を塞いでしまった。その顔はすこぶる不機嫌そうである。

しばらくしてギルシードが大人しくなったのか、その手を離した。



「仕方ないじゃないか。こうしないとシーナがあたしたちの話に参加できないんだからね。さ、手短に言おうか」



マーズの足元にいる魔物は4体。残りの1体はどうやらマーキュリーのようだがシーナからはただの黒い塊にしか見えない。

マーキュリーと思わしき魔物がずいっと前に出た。



「今日は、俺たちの作戦を伝えに来た」



マーズがシーナを見ながらそう告げた。恐らくマーキュリーの代弁者を努めているのだろう。

シーナはごくりと唾を飲んだ。




マーズの口から語られる内容は非常に単純なことだった。


1、『奴等』をこの、本部のある山脈に囲い込む。

2、神であるフリードから封印の方法を伝授した後、シーナたちが『奴等』を封印する。


……たったのこれだけである。




「随分と簡単そうに言っていますが、そう上手く行くでしょうか」



話を聞いていたロイが質問を投げ掛ける。マーズは彼を一瞥してから答えた。



「……『奴等』は必ず来る。まずは適応者を始末しようとするからな」

「そうでしょうか。まずは一般人から狙うと思いますけど」

「一般人の中にはデカル教徒が大勢いる。そいつらはすでに従順だから手を加えるまでもない」

「デカル教徒の他にも普通の人間はたくさんいますよ」

「……まあ、そうだろうな。だが、『奴等』は先にデザートを平らげると我々は考えている」

「デザート……そんなに僕たちは美味しいんでしょうか……」

「直接聞いてみることだな」

「あのー……」




マーキュリーが皮肉を言ったところで、シーナが控えめに口を挟んだ。気分を害した風でもなくシーナに視線を送りその先を促す。



「レンさんを助けるにはどうしたらいいですかっ」



彼女はそれが気になって気になって仕方なかったらしい。意気込んで質問をした。



「方法はあるっちゃあるのよ……」



いきなりマーズが答える。マーキュリーはしばらくお休みのようだ。

しかし、その表情は冴えていなかった。シーナは不安そうに見つめる。



「でも、かなり危険だわ。それにこれはあんたにしかできないのよシーナ」

「私、ですか……?」

「そうよ。あんたがレンに向かって必死に呼び掛けないとダメなの」

「……なるほど、王子のキスで姫が目覚める、の逆ですか」

「あんた、上手い例えね。ま、正確にはキスしなくてもいいでしょーけど。したけりゃすればいいし」

「……」




ロイの助言にシーナは固まる。キスなど今まで一度もしたことがないからだ。

先程のレンの顔が近づいて来たときのを思い出しいろいろと想像してしまったのか、シーナはだんだんと顔を赤らめ皆に背を向けてしまった。

マーズはクスクスと笑う。




「ホントうぶなのねー。恋愛経験値ゼロ」

「……それで、正確には何をすればいいんですか」




ダミ声のマーズに笑われ居心地が益々悪くなるシーナ。ロイが先程の『正確に』の確認をする。

そのフォローのおかげでマーズは笑うのを止めた。




「彼にひたすら愛情を注ぐのよ。彼の心に響くように。彼の中を失望が占拠してるからね」

「失望?」

「……え?ああ……俺たち神類は微量だけだが、たまに化身の心情を感じとることがある。俺は先日レンの心を感じ取った」




マーズが一瞬顔をマーキュリーに向けると、頷いてから代弁する。

彼女は腕を組んでその言葉にも同感するように頷いた。




「つまり、以心伝心ってことですね」

「その通りだ。すべてが流れ込んで来たわけではないが、大体の察しはついている」




シーナはいつまでも背中を向けているわけにもいかないと思い、正面を向いた。ベッドがギシッと音をたてる。

マーズは一瞬暗い顔をしてから、どこを見るでもなく呟いた。




「……レンは自分の幼少期の記憶を取り戻したんだ。それは俺も知らなかった過去だが、思い出した本人には相当ショックだったようだ」




その後も淡々と喋るマーズ。話が進むに連れて皆の表情もまた、沈んでいった。