「ああ……失言したな。そう、俺も彼女が好きだった。この手にしたいと思っていた。だが、叶わなかった……」



私の瞳を見ているような見ていないような眼差しで見つめてくる。きっと、この青い瞳から金色の瞳を連想させているのだろう。

彼の慈しむようなその瞳から、私は目を背けた。叶わない恋愛をする彼を見ていられなかったから。


すると、髪から手を離してくれたと思ったらぐいっと顎を上げさせられた。真っ向から黒い瞳が私を見つめる。

その瞳には、しっかりと私が映っていた。



「俺は負の感情……そこには、何が含まれていると思う?」

「……っ」

「欲求不満……欲情も入っているんだ」

「!!」




その言葉に私はひやりとし意地でも逃れようともがくが壁に押さえつけられてしまう。

近づいて来る端正な顔立ちに息を飲み目をぎゅっと瞑るが、訪れるはずの感触が来ない。

恐る恐る目を開くと……顎に指を添えている方とは逆の手が彼の口を塞いでいた。彼の眉間にはしわが寄っている。


彼は私から完全に身体を離すと、その手を退けようと躍起になっていた。手のひらの隙間から声を漏らす。




「くそっ……邪魔……るな!」

「俺はそん……望んでない!」



ひとつの身体で喋っているのに、口々に漏れる内容は違うものだった。2人で喋っているような……

……まさか!



「レンさん!」

「……ーナ!」

「ちっ……邪魔だ!」




私が名前を思わず口にすると、彼の瞳が私を見た。その光は正真正銘、レンさんのものだった。けれどすぐにまた別の光が遮ってくる。

彼は口を塞いでいた手を片方の手で握って押さえ込んだ。息を荒くしながら怒鳴る。




「俺にすべてを任せればいいんだ。おまえは大人しく寝ていろ!」

「……こんなのは知らない!」

「おまえがどう思おうが関係ない!主権は俺にある。だから引っ込んでろ!」

「シーナ!逃げろ!」

「……くそっ!」




逃げろ!と言われ、我にかえる。中にいるレンさんが奮闘しているのか、彼の身体は傾き床に倒れた。

今だけ、彼の身体を拘束しているらしい。


少しレンさんが心残りだけど、ドアに走り寄り鍵を開けた。一度振り返って彼を見る。

すると、片膝を立てているところだった。レンさんの呪縛が解けようとしている。




「レンさん!……必ず、助けますから!」



私が最後にそう告げると、ピクッと彼の身体が止まり私を上目遣いに見た。しかしまた俯いてしまう。

泣きそうになるのを堪えてドアを思いっきり閉めた。バタンッと勢いよく閉まる。

それと同時に彼も見えなくなった。今度は振り返らずに走り出す。



レンさんは生きてた……ちゃんと生きてた!

絶対にあいつを追い出して、レンさんを取り戻すんだ!



私は安堵し、堪えられなくなった涙が流れているのも気にしないで走り続けた───



向かった先は施設。無我夢中で走りたどり着くと、ギルさんとロイさんがちょうど廊下を歩いていた。

ほっとした気持ちと焦りと悲しみと、よくわからない感情が込み上げてきて、涙がさらに溢れてきてしまった。

2人の目の前で泣き崩れる。


そんな私に気づいた彼らは慌てた様子で走り寄って来た。



「おい、なんで泣いてんだよ」

「シーナさん?」



声をかけてくれるも答えられない。言葉がまるで何も思い浮かばない。

そんな様子に2人はおろおろするばかりだった。



「あ、シーナを泣かせたのか!」

「え?……あっ!シーナが泣いてるぅ!」

「何やったんだよー!」

「はあ?なんもしてねーよ!」



ちょうど通り掛かった子供たちに見つかってしまって、さらにおろおろしているようだ。焦った声で返答しているも説得力がない。

私は無理やり笑顔を作って顔を上げた。



「大丈夫、大丈夫……2人は関係ないから」

「本当に?」

「うん」

「ジェムニさん呼ぶ?」

「平気。ほら、自分のやることに集中して」

「いっけない!移動の途中だった!遅刻しちゃう!」

「シーナ、またね!」

「うん。ばいばい」



軽く手を振って子供たちを見送った。はあ……とため息を吐く。さすがにジェムニさんを呼ぶ?と言われたときはゲッと思った。迷惑はかけられない。

そんな私の様子に彼らは怪訝そうな表情をしている。



「すみません……取り乱しました」

「まったくだよ……在らぬ容疑をかけられるところだったぜ」

「ギルさん、言い方がキツいです」

「あーもーかったりーな……男は女の涙に弱いんだ!おまえだっておろおろしてただろーが」

「それは……そうですけど」

「すみません……」



私は謝って涙を拭う。いつまでも泣いている場合ではない。ちゃんと話さなくては。


私は立ち上がり服についた汚れを叩いた。



「突然ですけど……レンさんはレンさんではありません」

「あ?なんだそりゃ。ちゃんと経緯を教えろ」

「立ち話はなんですから、ルカンさん達のところに行きましょう。あそこなら誰にも聞かれずに済みます」



彼らはまだ納得いかないような微妙な表情をしていたけれど、構わずに歩き出す。

ルカンさん達にも聞いてもらいたい内容だし。