レンは真夜中にも関わらず、煌々と灯りの灯った店に足を踏み入れる。賭け事をしているとしか思えない。

そして、外からチラッと中を覗くと、運良くお目当ての人物を見つけた。酒を飲んだのか、顔が紅潮している。



(なるほど、ガキではないな)




レンは意気込みながら店の中を闊歩し、男性……いや、野郎の前に立つ。

賭けが上手くいったのか、最初はレンだと気づかずに浮かれたような笑みを向けたが、レンだと気づき表情を引き締めた。




「お、負け犬が来やがった」

「その負け犬の悪足掻きを受けてもらおう」

「よし来た……と言いたいところだが、おまえ、金無いだろ」

「ここにある」



レンは袋を懐から取り出した。ジャラ……と小銭のぶつかる音がテーブルの上で鈍く響く。



「借りたのか?」

「出世払いだ。気にすることはない」

「出世払いだぁ?おもしろいこと言うじゃねぇか。よし、受けてたつ」

「よろしく」



レンの言う出世払いの意味も知らずに笑い出す野郎。その意味を知ったとき、野郎は檻行き決定だ。

スリ、そして賭け事。罪は重い。



「で、何がやりたいんだ?おまえの意見を尊重してやるぜ」



あくまで上から目線な野郎の言い回し。よほど今日は絶好調なようだ。



「そうだな……大富豪はどうだ?」

「はっ!良いのかそれで?負けたことねぇぞ俺は」

「それなら、尚更だ」

「ただのキレるヤツなのか、命知らずなヤツなのかわからねぇなおまえ」

「そりゃどうも」




レンが提示したのは、カードゲームのひとつ。

大富豪をご存知の方は多いだろう。数字の2が一番強いあのゲームのことだ。


レンはシンプルに、ジョーカー無し、8切りと縛りと、イレブンバックありのルールにした。





「しかし、2人じゃおもしろくねぇな」

「そうだな」

「では、僕もお相手になりましょうか?」

「ああ?」




2人に声をかけたのは、いかにも好青年の模範的な青年だった。高身長に、黒縁メガネ、黒髪に黒い瞳。

一方、野郎は赤茶の髪に茶色い瞳。2人を交互に見ると、まったく正反対な容姿と態度に心の中で笑うレン。

誠実そうな青年と軽そうな野郎では、野郎がなんだか可哀想に見えてきた。




「おまえみてぇなガキんちょがか?冗談じゃねぇ」

「いや、どうかな」

「どういう意味だ?」




レンはじっと青年の顔を見ている内に、ふと思い出したのだ。さっきからどこかで見たような顔だとは思っていたが、このようなところにいるとは……




「きみは手品師、だな?」

「お兄さん、お客さんでしたっけ?」

「いや、ちらっとな」

「バレてしまいましたね。どうです?茶髪のお兄さん。手品師との賭け事は。しかも僕らの専門職のカードを使ったゲームは」

「……スリル満点だな。おもしれぇ。混ざれよ」

「ありがとうございます」

「んじゃ、俺も混ぜろー」

「ぷっ……」

「どうした?」

「いや、なんでもない……」




青年が席につくと、その向かい側の席に大柄な男がドカリと座った。その男を見て少し噴き出したレン。そんなレンを訝しげに見ながら野郎が声をかける。

レンは表情を戻し、首を横に振った。



その男は……レンのよく知る人物、マスターだった。

見事に変装しているマスターを目の当たりにし、思わず噴き出してしまったレン。


それもそうだろう。つけ髭の無精髭、そして深々と被った帽子、サングラス、酒臭い息。この場にいてもなんら不思議ではない、むしろ上手く溶け込んでいるマスター。

レンは見習いたくはないが、良くやるものだと感心した。おそらく、レンの手助け、もしくはこの場の現行犯逮捕をするためにやって来たのだろう。

正直、前者も含まれていたら、ありがた迷惑な話だとレンは心底思った。





「賭ける金額はどうしますか?」

「全部!」

「正気かよじいさん!死ぬぞ?」

「なんだ?もう逃げ腰か?だらしないヤツだな。肝の小さい男は嫌われるぞー」

「ちっ……わーったよ。おまえらは?」

「異義なし」

「僕もです」

「んじゃ、配ってもらおうや。おーい!」

「……」




野郎はまだ何か言いたそうだったが、マスターの強引さに呆れたのか、押し黙る。


店の者がカードを切り、配り始めた。公平にするために部外者が配るという、暗黙のルールがある。

4人は目の前に配られた数枚のカードに手を伸ばすと、徐に手札を確認する。


ある者は表情を崩さずに、ある者はニヤリと笑い、ある者はカードの並び替えをし、またある者はげんなりとしている。


4人の配置は、丸いテーブルを囲んで、時計回りにレン、青年、マスター、野郎の順に座っている。


今回の勝負はスペードの3を持っていたマスターから始まった。



誰かが2回勝てば、そこでこの賭けは終わる。ついでに敗者の今後の生活費も終わる。

それだけに、張りつめた空気が彼らを包み込み、ギャラリーは寄って来るも遠巻きに眺めている。

近づいたら殺されそうな雰囲気を醸し出しているからだ。





時は経ち、ゲームの経過を覗いてみると、それぞれ4人が1勝というなんとも微妙な展開になっている。

彼ら4人だけでなく、ギャラリーも固唾を飲んで勝敗を見守る。




「はあ……次で終わりか」

「じゃあ、みんな金を時分の前に出せ。そうした方が現実味が増すってもんだ。おっと、ズルはするなよ」

「わーってるよ……こんな真剣にやったのは初めてだぜ」

「僕も、寿命が今夜だけで何年縮んでいることか……」

「おまえさんたちはまだまだ若いから良いが……俺みたいな老い先短い者にとっちゃ、ちと毒だな」

「冗談に聞こえん」

「ははは……まあ、勝ちゃあいいだけの話だ」





そして、最後のゲームが始まった。