「げっ……ここもイテー!」

「うう……食べ物が……」

「うふふ……ギルさんは自業自得です」

「確信犯め……」




その翌日、食堂で朝食を共にしながらそんなことを話していた。

どういう状況かというと、ギルシードはときふし顔を歪ませ身体を捩り、ロイは箸で食べ物を掴もうとしても力が入らないのかぽろりと口元まで上がらずに落としている。

そんな2人を尻目にレンとシーナは悠々と食事を進めているのだ。




「ちくしょー……勝ったのに負けた気分だぜ。あんな重たい剣振り回してんだな」

「筋力をつけるためですよ」

「……じゃあ、華奢なおまえの身体は実は筋肉もりもり「なわけありません!誤解を生むようなことは言わないでください!」




ギルシードの言葉にシーナは憤慨する。彼は気にした風もなくへいへい、と食い下がった。

ロイは今度はフォークに変え、ポテトを口へと運ぶ。箸では埒があかないと判断したようだ。レンがあと少しで完食するぐらいの時間を費やしているというのに、まだ半分も食べられていない自分にうんざりする。

その間、シーナは優越感たっぷりに食事を堪能していた。半年ぐらい前まで一緒に暮らしていた子供たちが褒められることは純粋に嬉しかったのだ。



「俺はもう行くぞ」



レンは食べ終わると立ち上がりトレーを持った。そんな彼をロイはげんなりした表情で見上げる。

シーナはにこにことしながら問い掛けた。



「どこか行く予定でもあるんですか?」

「いや、特にないが……やることがあるんだ」

「そうですか」

「ああ」



レンはそれだけ話すと素っ気なく立ち去った。シーナは未だに、にこにことしていてその違和感に気づいていない。

ギルシードとロイはきょとんと顔を見合わせた。そしてぼそぼそと呟き合う。




「なんか……レン変じゃね?」

「そう感じますか?僕もです」

「心ここに在らずっつーか……感情がこもってねーっつーか……」

「外見はレンさんなんですけど、中身は違うような感覚です」

「そう、それそれ。俺も感じた。なーんか白々しいよなー……」

「……?」



ひそひそと真剣な表情で顔を突き合わせている男2人を不思議そうに見ながらも、シーナはこのあと何をしようか……と思いを馳せていた。





───一方、当のレンは本部の建物の外に出ていた。新雪を踏む音が耳に心地よく響く。寒いのは難点だが嫌ではない。

レンは気温や風、音を感じながら歩いていた。宛があるわけでもないため、ぶらぶらと歩く。

空は快晴で、真っ白な雪に日光が反射して時々眩しそうに目を細めた。遠くからキツツキが樹木をつつく音が聞こえる。足元に視線を落とすと、小動物の足跡がどこまでも続いているのを発見した。


そのなにもかもが、レンには新鮮に感じた。


人の生活を体験してみて、こんなにも充実したものだとは予想していなかった。そんな自分が未熟者に思えた。

所詮人間は人間。力のないひ弱な生物。力をもってすれば簡単に滅ぼせると見下していた。しかし、人間には知恵や硬い結束力があることを知った。

敵を知るには、敵になるしか方法がなかった。そのため大黒柱である自分がわざわざ乗り移りこうして成り済まし生活を共にしている。

最初はこんな下らないこと……と辟易していたが、だんだんと人間は棄てたものではないと考え直し始めている自分に驚く。

我々の生活は人間が源でもある……その源を滅ぼしてしまったら、自分たちも滅びてしまうのか。それでは我々の生命が維持できない。

ではやはり……強い者は滅し、ある程度の人間は残すべきか……適応者は栄養満点な餌であり脅威的な敵でもある。

適応者などという敵を造ったつもりが、逆に格好の餌となったのは奴らの誤算だろう。いいきみだ。


それならば……やはり配下とするのが妥当なのか。それには殺さず生かしておく必要がある。そんな高度な技術を果たして下級の奴らが遂行できるのかは疑問でもある。

自分はあくまでも司令塔。指示するだけであって先陣には赴かないし赴く気もない。いざというときに助けを求められても困る。

それでは自分は何をしたいのかと聞かれても……よくわらない。負の感情……憎しみや怒りに反応して協力してやっているだけだ。ただそれだけなんだ……深く考える必要はない。ないはずだ……



だが、やはり脳裏には彼女の輝いた笑顔が甦る。ずっと見てきた笑顔。その笑顔は……もう二度と見ることはできない。自分がそう仕向けてしまったために。

自分はアイツの裏の感情。正と負は表裏一体であると同時に、相容れない存在。こんな感情を持つということは不謹慎だ……こんな感情は早く棄ててしまわないと、自分は消えてしまう。形が保てなくなる。


消えてしまうんだ……






レンはぎりっと歯を食い縛り拳を握ると、近くの木に強くそれを打ち付けた。乾燥して霜がついた木の皮がぱりぱりと剥がれ落ち、幹が露になる。



それはまるで、自分に素直になれ、と暗示しているようで、レンはそれを疲れた表情で睨んでいた。