「おはようございます、皆さん」

「おそよーございます」

「ギルさん、それ死語ですよ」

「仕方ねーだろ、今何時だと思ってんだ?」

「正午ぐらいですね」

「昼、食いに行くか」

「賛成ー。腹減った」



4人はまた部屋の前でばったりと会った。いつもいつも起きるタイミングが被るらしい。

皆疲れが取れたのか、すっきりとした顔をしている。



食堂で食事を受け取り、席につく。そこには珍しくルカンとグレンがいた。断ってから共に食事を取る。



「ええっと、あの……飛び出して行ってしまってすみませんでした」



開口早々、シーナは謝罪した。その言葉に2人は困ったような笑みを浮かべて首を横に振る。



「いいわよ別に。行ってから、ま、仕方ないわねって話してたのよ」

「だってあんなキラキラしながら笑って走り出したら誰も止められないよ。さっきまで死人みたいだったのに、いっきに生き返った感じで逆に引き留めたらまた寝ちゃうかもしれないな……って本気で思ったぐらいだから」

「え、あの……そんなに私って寝ていたんですか?」

「あら、言ったじゃない。1週間ぐらい寝てたって」

「……あはは、忘れてました」




その言葉に周りが苦笑する。今まで心配して損した気分だった。案外本人はけろっとしているものなのだ。

シーナは安心したのか、目の前の食事にフォークを伸ばし、もぐもぐと食べ始めた。

ついこの間まで寝たきりだったとは思えないほどの食いっぷり。トゥルークで普通の生活を送っていたとはいえ、シーナの体内はいったいどうなっているのか、と疑問に思わずにはいられなかった。





「本部には何か変わったことはありませんか?僕が余計なことをしたせいで混乱していましたから……」

「それねぇ。ホント余計だったわ。おかげであたしの仕事増えたんだからね」



ルカンが責めるような口調からため息を吐いたため、ロイはすみません、としょんぼりと頭を下げた。

グレンはそんな彼を慰める。




「まあまあ、きみだけのせいじゃないよ。それに、謎は解明された方が良いと思うし。いずれは公になることだったんだよ」

「だからグレンはお人好しなのよ。仮病患者が増えて肌が荒れたんだからね!治すのたいへんだったんだから」

「うっ……そこが僕の取り柄なのに……でも、今は波が穏やかになったんだから良いじゃん」

「グレンのくせに今日は生意気じゃなぁい?」

「ご、ごめんなさいっ!口を慎みますっ!」

「よろしい」




ルカンは優越感に浸りながらトマトスープを啜る。

グレンはやはり恐妻家か……と密かにギルシードが思ったことは内緒だ。


すると、シーナがちょいちょい、とレンの裾をつついた。




「どうした」

「……あの、いまいち話が飲み込めないと言うか……なんというか……」

「そうだったな。きみは知らなかったな。ロイ、その話をシーナにしてやってくれ」

「ああ、そうでしたね。失言でした。実はですね───」




シーナは真剣にロイの話に耳を傾ける。その間中のレンの表情など誰も見ていなかった。

話を聞き終わりほっと息をつくロイ。シーナも少なからず衝撃を受けているようだった。じっと、食後の紅茶の水面に揺らめく自分の顔を覗いている。


そして、ふいに顔を上げた。




「でも、それっておかしくないですか?」

「おかしい、ですか?」

「はい。私の神類のヴィーナスはもういません。ですけど……私の力はなくなっていません。それってなぜなんでしょうね……?」

「確かにそうですけど……別けられた力、授かった力はその人のものになるからじゃないですか?貰ったものは貰った後ずっと自分のものであるように、貰ったら前の持ち主のものではありませんよね。逆に返せって言われたら不満に思います」

「うーん……そんなものですかね。なんだか頭が混がらがってきました」

「さあ、そんな難しい話はおしまい。せっかくこれからデザート食べようって言うのに食べてる側からブドウ糖使いたくないわ」

「ルカンさんも考えてたの?」

「……うるさいグレン」

「またやっちまった……」




はあー……と落胆を表に出して下を向いたグレン。そんなグレンから楽しそうにほくそ笑んで口角が上がっているルカンの表情など見えるはずもない。

ルカンさんはかなりのドSだな……とギルシードがちらっと彼女を見ながら思ったことは内緒だ。

ロイも同時にまったく同じことを思ったことも内緒だ。



きょろきょろとレンが辺りを見回した。そんな行動にギルシードが不思議に思う。



「どうかしたか?」

「いや……なんでもない。気にするな」



レンはその後、目立った動きをしなくなった。今日のレンはなんだか口数が少ないな……とギルシードは気づいたが、いつもそんなもんか、と言われた通り気にするのをやめた。

ロイは珈琲の湯気で曇った眼鏡を拭いてから短くため息を吐いた。

眼鏡を取った黒い瞳の奥には暗さが見え隠れしている。



「どうかした?」



グレンがなんとなく聞いてみた。ロイは眼鏡をかけ直す。



「いえ……いざやることがなくなると、暇なものだと思いまして」

「そっか。任務も依頼も何もないもんね」

「今は待機するのみなんだよなー。あいつらの時間に対する感覚が人並みだと良いんだけどよ」

「しばらくって……どのくらいでしょうね」

「さあな。それがわかったら苦労しねぇよ」

「それなら、きみたちも施設に行ってくれば?適応者だしレンの仲間だから受け入れてくれるかもよ。保証はしないけど。ジェムニさんもシーナのお見舞いにちょくちょく来てたし」

「そ、そうだったんですか?皆さんに迷惑かけっ放しですね……」



シーナはまた申し訳なさそうに目尻を下げた。まさかあまり表には姿を現さない彼女までもが来ていたとは。

レンは施設と聞き、ぴくりと反応した。それはほんの些細な動きだったため誰も気づかなかった。



「施設……そう言えばしばらく寄っていなかったな。そこで日常的なステータスを培ったんだ」

「ステータス?なんのだ?」

「掃除、洗濯、料理、闘うための能力、勉強……いろいろです。それぞれにテストがあって合格しないと卒業できないんですよ」

「テスト、ですか……」

「そんなの受けたくねぇ……つーか、それでレンは料理が上手いんだな。納得だぜ」



ギルシードはうんうんとしきりに頷いている。レンはそんな彼を一瞥しただけだった。だからなのか、ギルシードは物足りなさを感じた。突っ込みが入ると思っていたからだ。



(やっぱおかしい……物足りねぇ)



だが、歳月が経ってから再会したばかりだから違和感があっても仕方ないのかもしれない、と敢えて問うことはなかった。

他の面々もおやつを食べ終え各々のタイミングで立ち上がる。


じゃあ、施設に行きますかとロイが提案し、ギルシードがそうだな、と賛同した。

じゃあ私が案内しますね、とシーナが先頭を歩きレンは一番後ろからついて来る形になった。