「あそこにモモちゃんがいますよー」

「なんか……」

「ええ……狼というより……」

「犬だな」



砂漠を抜け平原に戻ると気温は下がり肌寒くなってきた。衣替えをすませしばらく歩いていると、遠くの方の何もない草原のど真ん中にモモが寝そべっていた。

お腹を上に向け肢体をでろーんと投げ出し口を開けている。ちなみに舌もでろーんとはみ出していた。


シーナ以外が呆れていると、突然むくりとモモが起き上がり唸り出した。しかもこちらに向かって。



「あれ、なんで怒ってるんでしょうかね」

「俺たちなんかしたか?」

「ギルさんは悪さをたくさんしましたけどね」

「人のこと言えねぇだろーが」

「不法侵入と不法解錠と「誰のためだと思ってやがんだよ!」

「いや……俺たちじゃない」

「どうしてです?」

「俺たちの後ろのような気がする」

「え、なんか怖いです」




確かに、モモがこちらに向かって吠える理由はないはずだ。しかも仲良くなったばかりのシーナもここにいる。尚更吠えられる筋合いはない。

しかし現に、モモは鼻面にしわを寄せ歯を剥き出しにしてしきりに吠えている。




「なあ、後ろを向いたらどうなるんだ?」

「そんなことは知らん」

「あの狼はここで一番偉いはずですよね。それよりも地位の高い動物はいないはず……」

「振り返ればいいと思いますけど」

「いや待て待て待てシーナ!振り返った瞬間殺されることはねーよな?」

「……怖いんですか?」

「……」

「じゃあ、せーので振り返りましょうよ」

「そうですね」

「いや、だから待てって!」




シーナの言葉に狼狽えるギルシード。身ぶり手振りで説得しようとしているが効果はない。



「じゃあいきますよー」

「いや、だから「せーの!」



シーナは構わず能天気な声で合図した。くるっと身体を回し後ろを見る。ギルシードもつられて振り返ってしまった。

……空気が一瞬で凍った。



「おいおいおい、冗談だよな」

「いえ、現実です」

「嘘だろ?」

「現実です」

「嘘だって言えよ!」

「現実なんですってば!」

「おいぃぃぃ!!どーにかしろよあいつらぁぁぁ!!」




振り返ってしまった一行。そしてすぐに後悔。



後ろを振り返れば、魔物の大群が迫って来ていた。すぐに気づいたのは、振り返ったときにはもう影の世界にいたということ。

無理やり招き入れられてしまったようなのだ。

土煙を撒き散らしながらドドドドドド……と迫ってくる。


このことにモモはなぜか気づいていたらしく、そのため盛んに後ろを吠えていたのだ。当の本人はこっちの世界にはいない。



ギルシードは顔面蒼白でロイを見た。



「あんな大群やっつけられねーぞ!」

「当たり前です!死にますって!」

「つべこべ言わずに走れ!」

「なんであんなにいるんですか?」

「……復讐だと思う。俺たちが邪魔なんだろう」

「こんなの聞いてねーよ!早く戻らねーと」

「戻る必要はない」

「「「え?」」」




レンの言葉にすぐに反応した3人。怪訝そうにレンを見る。本人はいたって真面目な顔をしていた。ギルシードが問いかける。



「なんでだ?」

「あと少しで来るんだ」

「何がですか」

「仲間が……」

「仲間?」

「……来た」




と、レンが言った瞬間背中に感じた風圧。咄嗟に振り返ると、そこには魔物が3体いた……シーナからはそう見えた。




「な、なんで……」

「ああ、なるほど」

「遅かったな」

「え?え?」




その魔物は『我ら』の3体。マーキュリー、マーズ、サターンだった。




「いや、俺たちも知らん」

「なんとかなんねぇのか!」

「あ、わかりますか?眼鏡を無くしてしまったので予備をしてるんです」

「……」



口々に独り言が隣から聞こえ始めてシーナは訳がわからなくなった。

そこでふと思い出す。



(もしかして、マークとかいう人たちかな)



助け出されたときの話に出てきた神類のような気がしたシーナはひとりでふむふむと納得していた。


魔物に立ちはだかるようにして鎮座している魔物。微動だにせずじっとそのときを待っていた。

4人が固唾を飲んで様子を見ていると、いきなり、魔物の大群の先頭を走っていたやつがバチッと何かが弾けるような音と共に転倒した。

そこからドミノ倒しのように後ろを走っていた魔物も次々と倒れていく。



「すげぇ!」

「なるほど。結界を張ったんですか」

「大丈夫なのか?」

「僕たちは大丈夫ですから、もう止めた方が……あ、はい。そうですか、ストレスの発散……鬱憤を晴らしたいんですか」

「黙って見てれば俺たちが弱いって?んだとっ!人間舐めんじゃねぇ!」

「……終わるのを待ってるか」

「そうだな、それまで離れてようぜ」

「そうですね。邪魔しては悪いですし」

「え、あ、あのー……放っといていいんですか?」

「ああ」




シーナは訳もわからないまま素直に従う。



少し遠くの方からシーナは『我ら』の後ろ姿を眺めていた。