「なんだか、あっという間でしたね」

「だなー。ホントは数える程しかここにいなかったんだよな。

そーいや気になってたんだけどよ、あの剣はどうした?入国してから見かけなかったのに今はあるよな。最初来たときはごり押しでなんとか持ち込んだけどよ」

「あー……」



今はトゥルークを後ろに砂漠を歩いている。目的地は取り敢えず本部にしようとなった。

シーナの看病のお礼をルカンやグレンにしたいと彼女自身が言い出したからだ。何もかもをすっぽかして勢いだけで出てきてしまったらしい。

そのことを話しているとき、シーナは顔を赤く染めて恥ずかしそうにもじもじとしていた。



「これを背負っては国に入れないような気がして、預けておいたんだ」

「「誰に?」」



ギルシードとロイの声が見事に被る。そんな宛があったとは予想外だ。

シーナもレンの横顔を驚いたような表情で見上げた。



「あー……っと。俺に預けた」

「「俺?」」

「……ハモりすぎだ」

「「……」」



2人は顔を見合わせるとむすっとして目をそらした。シーナはクスクスと笑いながら温かい眼差しでそんな2人を見守った。

レンは非常に気まずそうな表情で続ける。



「本当はタブーなんだが……俺の……いや、チビレンに預けておいたんだ」

「おおっ!本人が認めたぞチビレンを!」

「珍しいこともあるんですね」

「……あーくそっ。言いたくなかったのに」

「ええっと……よくわからないんですけど」



はしゃぐ男たちと目に手をあてる男。そんな男たちが理解できない彼女は首を傾げる。

なかなか話し出さないレンに代わり、ロイが説明した。



シーナの影を助け出したこと。そのときにチビレンが活躍していたこと。その後もチビレンは存在していること。

そして、適応者が影の世界を利用してはいけないこと。



「え?」

「例えば今回のように、僕を奪還するためにギルさんが影の世界へと行ったとします。そして、影の世界での僕がいた部屋に到着。そこから現の世界に出れば僕と出逢える……ということなんですけど」

「……」



ロイはちらっとシーナの様子を窺う。しかし、彼女はぼーっとして何を考えているのかわからない。


(ああ、やっぱり……難しかったか)


ロイははあ、とため息を吐いた。



「もっと安直に言えば、僕はいつでも脱出できたわけです」

「あ、えっと……すみませんぼーっとして」



シーナはハッとしてロイに向き直った。今度はロイが首を傾げる。

ギルシードが呑気に欠伸をする声が聞こえてきた。



「そうやって影の世界を使って現の世界では行けないようなところ……例えば、鍵の掛かった部屋に影の世界を通して入るっていうことがタブーなんですよね。施設にいたときに習いました」

「ああ、ジェムニさんに。ではどうしてそんなに浮かない顔をしているんですか」

「えっと……」




シーナは意を決したような表情でレンを見た。つられてロイも見上げたがレンは知らん顔をしている。

ギルシードは今度は苦虫を噛み潰したような顔でペッペッと地面に唾を飛ばしていた。どうやら口の中に砂が入ってしまったらしい。



「もしかしたら、私を呼んでいたのはそのチビレンさんなのかなって」

「チビレン……さん」

「はい。さん、です。実際は歳上ですから」

「ぷっ……クククッ!」

「……」

「それで?」




チビレン「さん」に見事に反応したギルシード。抱腹絶倒しそうな勢いで笑っている。

レンは不愉快そうに片眉を上げた。ロイは笑いたくなる衝動を抑えて普通を装って続きを促す。



「えっと……その鳥籠の中にいたとき、ずっと名前を呼ばれていたんです。くぐもっていてよくは聞こえなかったんですけど、確かに自分の名前だなって……ずっとレンさんに呼ばれていたんだと思ってました」

「つーことはアレか、影同士だったから言葉が通じたんじゃね?そのチビレンさんとよ」



さん、とわざと付けたギルシード。レンはもう諦めたのかため息を吐くだけに止まった。

ロイはふむ、と口に手をあてる。



「その可能性はありますね。犬同士や猫同士は言葉が通じる。しかし犬と猫では通じない。

お互い今生きている人から生まれた影同士ですから、通じ会えたのかもしれません」

「そーかもな。それじゃ、チビレンさんと魔物じゃ言葉が通じないんじゃねーか?」

「そうかもしれませんね。まだまだわからないことは多いです。特にチビレンさんは謎が多いですね」

「……はあ」



レンはもう気にすることを止めたのか、前方を見据えたままため息を吐いた。

ロイはそんなレンに笑いかける。



「よくチビレンさんが引き受けてくれましたね」

「……まあな。向こうから接触して来たんだ。そしていきなり俺の剣を引っ張り出した。それでなんとなく、預かってくれるのではないか、と思って預けた」

「へえ。チビレンさんはそんなことできんのか」

「……くそっ」

「まあまあレンさん。チビレンさんと仲良くなれて良かったじゃないですか。三角関係とかそんなドロドロとしたことは僕たちは望んでませんよ」

「え?」

「は?」

「ん?」

「……なんでもありません」




ロイの失言によって気まずそうに口を閉ざした。しかし、レンとシーナはなんでもないような顔をしている。



それにしても……



(危ない危ない。レンさんが鈍感でシーナさんが天然でよかった)



笑いを誤魔化そうとしきりに砂で噎せたふりをしているギルシードを横目で見ながら、ロイは心底そう思った。