「それにしても酷いよー……」

「すみません。ついつい夢中になってました」

「いや、シーナちゃんが謝るようなことじゃないよ。これは僕のメンタルの話」

「父親っつーのも楽なもんじゃねーな」

「ギルさんには向いてませんね」

「否定はしない。けどおまえに言われる筋合いもない」

「まあまあ、取り敢えず乾杯ってことで」



子供たち……といっても三つ子だが、が寝静まった頃、やっと落ち着いて顔を合わせることができた役者たち。

1日かかってやっと終わった奪還劇は呆気なく幕を閉じたが、これによって会ったのも何かの縁。師匠の言葉にそれぞれがお酒やジュースの入ったグラスを片手に持ち上げる。




「何に乾杯すんだ?」

「そうだね……私はロイとの再会に」

「では、僕は皆さんとの再会に」

「じゃ、慣れねぇことをした俺を褒めるために」

「なんだそれは。俺は……作戦の成功に」

「私は、皆さんが今日会ったことに」

「あたしも、皆さんが今日会ったことに」

「僕は、1日頑張った自分のご褒美に」

「親父たいへんそうだもんね……僕は警備をやり遂げた自分に」

「俺はこの国の平和のために」




ケイが最後に言うと笑いが起きた。ケイはそんな周りの大人にぶすっと膨れる。

ギルシードは彼を鼻で笑った。




「子供のくせになにいっちょまえなこと言ってんだよ」

「ギルだってジュースじゃんか」

「……」

「一本とられたな」

「……レンは黙ってろ。つーかほっとけ」

「まあまあ、取り敢えず乾杯ってことで……あれ、さっきも言ったような。まあ、乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」




カチンと合わせられたグラスとグラス。それぞれのグラスの中身がゆらゆらと揺れた。

ひとくち飲んだところでほっと息をつく。




「ロイ君がまさか王子だったとはね……第三王子がいるという噂は聞いたことあったけど、事実だったとは」

「あ、その……僕の母について何かご存知ありませんか」

「残念ながら……僕たち下働きは過度に接触しないからね。ごめん」

「そんな、謝らないでください」




ロイは首を慌てて横に振った。パックはそれでも気まずそうに再びグラスに口をつける。

ケイは目の前の食事に手を伸ばしながらそんな父親を見ていた。




「ところでさ、このあとどうすんの?ここに用は無くなったわけじゃん」




ケイはギルシードになんとなく聞いてみた。

ギルシードは仲間と目を合わせると、ため息を吐いた後に告げる。



「ま、やっぱここにはいる必要ねぇからここから出るわな」

「それが妥当だろうな。ここにいる意味はなくなった。ロイともシーナとも再会できた今、いつまでもここにお世話になるわけにもいかない」

「折角会えたけど……でも、私たちとケイ君たちが生きている世界は違うのかもしれないね」

「世界?」

「うん。私たちは常に影によって脅かされてるから。いつどこで出逢うか、襲われるかわからないもの」

「それなら……それなら……俺を仲間外れにする必要はないよ……」

「え?」




ケイは何か重大なことを告白するような面持ちで押し黙った。

周りはその内容に薄々気づきながらも本人が口を開くのを待つ。母親のエレミナでさえも、穏やかな表情でその時を待った。




「俺……俺……適応者なんだ」

「やっぱりね」

「え……?」

「僕はきみに会ってからおかしいと思っていたんだ」



ロイはグラスの中に残っているお酒に目を伏せながら、徐に言葉を発した。

ケイはさっと青ざめる。悪戯がバレたみたいに、怯えた表情で同じくその液体を見ていた。




「僕が適応者だと知っても怯えないし、他の皆もそうだと聞いても態度は変わらなかった。それなら答えは絞られる。自分自身が適応者である、とか、適応者が身近にいる、とか。

僕はね、きみのそんな免疫のついた態度を不思議に思っていたんだ」

「うふふ……母親のあたしからすれば、もっと早くに告白されると思ってたんだけどね。ね?」

「そうだね」

「お袋、親父。まさか気づいてたのか?」

「ココは気づいてなかったのね。ケイはね、小さい頃はよくいなくなったものよ。お兄ちゃんなのに忘れちゃった?ほら、よく買い物について来たじゃないの。そのとき目を離した瞬間にいなくなってて。

それで探して来てってココに頼もうと思ったら視界の隅にケイがいて。そんなことがしょっちゅうよ」

「うーん……覚えてないな」

「十年以上も前のことだから忘れるよね。お母さんの話を聞いてて思い付いていたのが、ケイは適応者じゃないかってことなんだ。

騙すような感じになっちゃったけど、気にすることはないよ。追い出したりしないから」

「なんだ……バレてたんだ。なんだ……」



ケイは泣き笑いのような表情でジュースをいっきに飲み干した。

自分でまた同じジュースを注ぐ。そしてまた飲み干すと、ぷはーっと息をついた。

すると、怒ったような口調でパックを睨む。




「それなら早く言ってよね」

「ごめんごめん。そんなに思い詰めてたなんて思ってなかったから」

「ロイの話聞いてさらにビビっちゃってさ。ホント参ったっつーか、ふざけんなっつーか」

「大丈夫よ。適応者だろうがなんだろうが、あたしたちの子供には変わりないから!立派な次男よ」

「じゃあ、僕もカミングアウトしてもいいかな?」

「兄貴が?兄貴は俺と同じ内容じゃないよね?」

「まさか。それよりも驚くかもね」



ココは意地悪く笑ってみせると、ふいに真剣な表情になって両親を見つめた。

どことなく緊迫した空気が漂い始めたため、誰かが唾を飲み込んだ音が妙に響く。

しかし、ココはまたニヤリと笑って豪語した。




「実は、彼女がいるんだけど……第二王女のセレナなんだよねー」

「は……?」




さっきまでの空気からは一変して、情けない程の緩みすぎた空気が流れる。

両親は状況が理解できないのかぴきーんと固まり、ケイとギルシードはぽかーんと口を開き、シーナは顔を真っ赤にし、師匠はなぜかアハハ、と笑い、レンはなるほど、となぜか納得している。

ロイは目が点になっていてどこを見ているのかわからなかった。




「彼に聞いてたけど、まさかきみだったとはね。娘が最近逢い引きしてるって相談してきたよ。手紙でだけど」

「お、お父様が!?」

「うん。ココ君だったんだね。いやあ、なんだかすっきりして笑っちゃったよ」

「……セレナ王女が心に決めた人がいるって言っていたのをなんとなく思い出して、納得してしまった」

「セレナがそんなことを……よし、今度からかってやろう」



(なんか、どうでも良くなってきた。いい意味で)




ケイは今まで悩んでいたことはいったいどれだけちっぽけなものだったのだろうと、兄が幸せそうに笑う横顔を眺めながら思った。