「なーるほど、それでシーナはここにいるんだな」

「はい」



それぞれがそれぞれの話が終わり、ほっと息をつく。

セレナから始まり、ケイの話で終わった。その間、お互いに口出しはしないという確認のもとで。


必然的にシーナの話になったとき、本部から話さなければならなかったため、4人はブランチだということは明かされてしまった。

その真実を知ったとき、ルートは眉をぴくりと反応させたが言葉にはしなかった。ケイでさえ黙っていた。


セレナはロイに加担していたこと、ギルシードとレンはロイを奪還するべく侵入したこと、シーナはバイトとしてメイドをしていたこと、ケイは忘れ物をパックに届けようとしていたこと。

ルートとメリナは話すことがなかったため、ずっと口をつぐんでいた。


それぞれがバラバラに活動していたつもりが、いつの間にか交錯していた。

セレナは密かにそのことを、おもしろい、と心の中で不敵に笑っていた。




「レンさん、本題に入ろうかしらね」

「……ああ」




一呼吸置いた後、セレナのいう本題に入ろうとしていた。

レンだけが頷く。その他は怪訝な表情をした。




「なぜ、こんな無意味なパーティーが開かれたのか」

「それはすべて、あそこに潜んでいる男が握っている」



レンが指差したのは、城内にある一本の白い柱。庭と城の境目にある柱だ。

一同がじーっと凝視していると、ふらりとひとりの男が現れた。その男を見てルートが叫ぶ。



「お父様!?」

「ルート、声が大きい。城内の皆にバレてしまっ、くしゅっ!」

「……へ」



いきなり現れた男は喋りだしたとたん、盛大にくしゃみをした。ギルシードはそんな男に口をへの字にさせる。

男は鼻を押さえながら近づいて来た。



「花粉症なんだ……メリナはよく我慢できるな。私は無理っ、くしゅっ!」

「お父様、今のは無理があります」

「おや、バレたか。あはは、セレナは鋭い」

「……こ、国王陛下!?」




ケイはしばしぽかーんと男を眺めていたが、ハッとすると跪く。

しかし、そんなケイに王は穏やかに声をかけた。



「わざわざありがとう。でも咄嗟とはいえ、傷のある方の膝でつかなくともよい。立ってくれ」

「す、すみません……」



実はケイは跪た後顔をしかめた。ピリッと走った痛みで傷口がちょうど地面に当たったのだと実感したからだ。

ケイは立ち上がり、まじまじと王は見つめた。




「お父様……どうしてここにいるのですか」

「暇潰しだよ。ルートにはわからんだろうが、年寄りは時たま時間を棒にふりたいときもあるんだ」

「ふーん……」

「話は全部聞いていたよ。彼には見つかっていたようだがね。さすがはブランチだ」

「どうも。陛下、俺の言いたいことはわかりますよね?」

「ああ。わかってるよ……でも、教える気はない」

「なぜですの?ロイお兄様に後ろめたさがあるからですか?」

「それもあるけど、でも違う。親が簡単に答えを与えると思うかい?私は思わないね。だから、これで失礼するよ」



王はさっさと背中を向けて城内へと歩き出した。彼の着ている黄金の刺繍が施されたマントが翻る。

しかし、呼び止められたことにより立ち止まる。



「お父様、僕はあなたを一生許すつもりはありません」



王は振り返り自嘲気味に笑った。



「ふっ……私も許してもらおうとは思っとらん。許してもらいたくもない。私はクズな父親だ。息子ひとり自分の手で護れなかった。妻を看取ることもできなかった。

そんな私は……バカな国王だ」

「確かにバカであるとは思います」

「ロイ!おまえ!」

「ルートお兄様は黙ってくださらない?」

「んだと!」

「バカな国王だとは思いますが……クズな父親だとは思っていません」

「ロイ……!」




ロイの言葉で目を見開く国王。そんな彼にロイは笑いかける。

しかし 、王は破顔する前にすぐに表情を変え正面を向く。そして去って行った。その肩が小刻みに震えているように見えたが……
その背中からは自信が溢れていた。


セレナがロイに声をかける。



「ロイお兄様……もしかして、気づいていらっしゃったの?」

「さあ、なんのことかな」

「お父様のことよ。昔は大臣たちに良いように遣われていたときのこと。

大臣たちがいなければ国は成り立たない。けれど、大臣たちはある条件をお父様に突きつけた。それは……」

「デカル教に入らなければ、ボイコットする……ってことだよね」

「まあ!……やっぱり知ってらしたのね」

「でも、僕はそんなことでお父様を責めたりはしない。もし責めるとしたら……お母様を看取らなかったことぐらいだ。それ以外は別になんとも思ってないし、痛くも痒くもない」

「閉じ込めたことも?迫害を止められなかったことも?」

「閉じ込めたのは、迫害から護るためだから仕方ない。それに、もし脱走しなければ僕は彼らには会わなかったよ」




セレナが驚いた顔で質問を浴びせて来るが、ロイは涼しい顔をしてさらっと言ってのける。

彼ら、と言ったとき、ちらりとレンたちに視線を送った。

その口もとをクイッと満足げに上げながら。



「じゃないと、今頃は城の中で窮屈な生活を送っていただろうし」



視線をセレナに戻すと、ロイは肩をすくめた。しばらくセレナは呆気に取られていたがすぐに表情を引き締める。



「それなら、話すことはなさそうね、レンさん?」

「本人も登場したことだしな。もう、ここには用はない」

「そうね。ところで、どこから出るつもり?」

「庭にある通用口だよな?」

「そうですね。計画通りそこから潔く出て行くことにしましょうか」

「よっしゃ!腕がなるぜ」



ギルシードはロイにどこだ、と詰め寄った。ロイはあっちです、と先頭を歩く。

その後ろに続く4人。後の3人はついて来る気はないらしい。


ザクッと草が踏みしめられる音が耳に届く。




「ケイ君もついて来るの?」

「うん。最後まで見たくて。俺、巻き込まれたんですよ?」

「ふふふ……ごめんね。巻き込んじゃって。この後家に伺ってもいい?荷物がそこに全部あるから」

「はい。お別れ……ってことですよね」

「また会えるよ」

「よし、ここだな。ちょちょいと開けますか」

「わーっととと……ケイ君は見ちゃだめ」



ケイの両目に手のひらが重ねられた。視界が真っ暗になる。シーナが慌ててドアが見えないように遮ったのだ。

ケイが再び視界にドアを入れた頃には、さっきまで固く閉ざされていた石造りのドアは開けられていた。ドアの向こうに家々が見える。


ケイが首を傾げてその有り様を見ていたとき、ギルシードはその後ろで懐にごそごそと細くて銀色の棒を隠しているところだった。



「じゃあ、また後でね」



シーナに手を振られて我にかえったケイは慌てて振り返す。そして、再びドアは閉ざされカチャッと鍵の閉まる音がした。

ケイはまた首を捻る。




「……鍵、開けたんだよね。俺も帰ろ」




ケイが呟いたとき、風がひゅうっと木々を揺らした。さわさわと音を奏でる。

太陽はオレンジ色に煌めき、夜が訪れようとしていた。