(ギルシードは今頃どうなっているのだろうか……)



レンはギルシードとパーティー会場に入る前に別れた。

ギルシードは城内の人目につかないところに行くな否や途端に行方を眩ませた。恐らく誰にも気づかれていないだろう。

まだパーティーは始まっておらず、メインの人物たちも姿を現せていない。


レンは今、ひとりぽつんとパーティー会場の隅で突っ立っていた。

ぼちぼちとそこかしこで談笑しているグループはあるが、食事もまだ並べられていないためまだ賑やかなムードは漂っていない。


腕を組んで壁に背中を預けて辺りを窺っていると、ひとりの男が近寄って来た。



「暇そうですね」

「ええ……まあ」

「なんなら、僕とお喋りしませんか?ちょうど僕も退屈だったんです」



声をかけられそちらを見ると、顔立ちはまあまあな男性が立っていた。レンと同じぐらいの歳に見える。

少し軽そうな容姿だが、悪いやつではなさそうだ。


レンは体勢を起こし、向き合う形で立つ。




「まずは自己紹介ですね。僕の名前はラスっていいます。歳は25です」

「俺はレンです。同い歳ですね」

「あれ、そうだったの?てっきり歳上かと思ってたから敬語で話してたよ。タメ口でいいよね」

「ああ」

「どこから来たの?」

「……パスだな」

「あれ、意外とガードが堅いね。じゃあ僕もパス。君は誰狙い?」

「いや、特に狙ってはいない。親に無理やり参加させられたんだ」

「え、そうなの?不憫だね。僕はね……もちろんメリナ姫かな」



レンとギルシードは前日、トゥルーク兄弟の名前を師匠から叩き込まれた。

第一王子がカルト、すでに妃がいるためパーティーには参加しないはずとのこと。

第二王子はルート。歳はレンと同じ。

第一王女のメリナ。歳は24。

第二王女はセレナ。歳は18。彼女に関してはロイと繋がるところがあるようで、タイミングを見計らって接触するつもりだ。


それぞれどんな性格かはわからないが、お見合いパーティーを開催できるぐらいだから、人当たりは良好なのかもしれない。


ラスはパーティーが始まるまで、ずっとレンについていた。と言っても、ラスの一方通行が多いためレンは好きなようにさせた。

そのおかげで、知らなかった情報をいくつか入手できた。




「お酒は強い?」

「それなりに」

「僕はからきしダメなんだ。このパーティーはお酒禁止みたいだから助かったよ」

「そうなのか?」

「うん。お酒が入ると陰険な空気になるかもしれないからダメなんだって。その代わり、飲み物や食べ物はそれなりにお金かけてるみたいだよ」

「へー」

「……それにしても、レンはモテるんだね」

「は?」

「わからない?ちらちら君を見てる女性がたくさんいるんだけど」

「……」




レンは実はそのことに気づいていたが、気づかないふりをしていた。

目立つのはよろしくない。

ということで、なるべく不特定多数の人とは関わりたくないからだ。




「ラスを見ている女性もいるみたいだが」

「僕?いやいや違うでしょ。どう見たってレンを見てるね」




それだけは止めてほしい。他の連中にも目を向けてくれ。

大勢が参加するような催しが嫌いなレンにとって、この場の雰囲気は地獄のようで居心地がすこぶる悪かった。

ため息を吐きたくなるのを必死に堪える。



「あ、始まるみたいだね」



パーティー会場が満員になる寸前、目の前のステージにトゥルーク王らしき男性が現れた。

それに続いて、王子や王女も壇上に現れる。




「みなさん、よくぞ我が子共たちのために集まってくださいました。今日は盛大に賑わってください」



その声が合図だったようで、ぞろぞろとメイドやボーイが現れ食事を乗せたカートを転がして来る。

そして、あっという間にバイキング形式の立食会場に様変わりした。


前を振り返ると、王はすでにいなくなっていた。



(あの人が……ロイの)



ギルシードはうまくやってくれるだろうか、とレンは気がきではなかったが、そんなことはおくびにも出さずにラスに連れられるまま会場を巡る。

どうやらこの男はレンから離れる気はないらしい。




「レンは何食べる?」

「なんでもいいが……」

「じゃあ、僕が取ってあげるよ」

「俺も混ぜてくれないか?」

「え?……ル、ルート王子!」

「王子はよせ。ルートでいい。あと、タメ口な」

「は……わかった」




(ちっ……メインが接触してきただと?自由に行動できないじゃないか)



どうしてこうも目立つやつらが集まって来るのかと自分の運の悪さを呪った。


ルートは容姿端麗だという噂だったが、噂以上の美男子だった。ロイと同じ黒い瞳は二重ながらもキリリとし、背も高く細身だ。





「おまえ、名前は?」

「……レンだ」

「レンか。覚えやすいな。おまえはラスだろ」

「え、なんで僕の名前を……?」

「知らないのか?おまえは結構有名人だぞ。我が儘なボンボンだってな」

「げっ……嫌な感じじゃん僕の印象」

「自覚なしか?それはそれで恐ろしい」




レンは素早くルートを観察した。


顔立ちは王子だけあって端正ながらも口調は少しアレだが、教育は行き渡っているようで無駄な動きはない。

……しかし、極度の甘党なのかスイーツばかりに手を出している。



(ロイの毒舌と通じるところがあるな)



レンはサンドイッチを口に放り込みながらそんなことを思った。



時間が経ってくると、同性同士で仲良くしていた雰囲気はがらりと変わり、異性にアタックしようと意気込んでいる人が多くなった。

事実、レンたちのグループはさっきから何度も女性グループに話しかけられていた。




「ルート様、このようなパーティーを開催してくださってありがとうございます」



と、語尾にハートマークが見えるほど甘ったるい声をかけてくる女性ばかりだ。しかもどれも気の強そうな女性。

そんな女性をルートは軽くあしらう。



「俺はこんなパーティー、ホントは出たくないんだ。けどよ、親父が顔をたてろってうるさくてな。だから、他のやつをあたれ」

「ルート様はつれませんわねぇ。もしかして、意中のお相手でもいらっしゃるのかしら?」



と、他の女性が言ってきた。上目遣いでそんなことを口走ってくる女性には、ルートは容赦なしに拒絶した。



「あ?関係ねぇだろ。おまえこそ平気なのか?あんたは口紅がよれてる。あんたは髪がボサボサ。みっともない」

「え……そ、その……私はこれで失礼いたしますっ」




その女性たちはそんなルートの態度に対し一瞬破顔したが、すぐに立て直し手洗いへと一目散に駆け込んで行った。




「いやぁ、愉快愉快。自分が一番だって思ってるやつが崩れていく様はいいね」

「ルートって……悪趣味だね」

「そうか?」

「……(自分だって自覚なしじゃん)」




と、ラスは口を尖らせた。しかし、ルートは気にした風でもなくカステラをフォークで刺し口に放り込む。

ルートの食べる甘いものばかりが目に入るせいでレンはさっぱりとした飲み物が無性にほしくなった。

さっきまで飲んでいた紅茶のグラスはすでに空だったため、近くにいたメイドに声をかける。




「紅茶をお願いします」

「はい。かしこまり……レンさん?」

「え?……どちら様ですか?」

「私です!シーナです!」

「は……シーナ?シーナなのか?」

「はい!久しぶりですね!」

「ちょ、ちょっと待て……どうしてきみがここに……しかもなぜ髪を染めているんだ?」

「それはこっちの台詞ですよ。レンさんも染めてませんか?」

「いや……これは……」

「なになに?レンはもしかしてメイド狙いだったの?」




シーナがなぜここにいるのかという衝撃的な現状に頭が混乱したレン。

まさかこんなところで再会するとは夢にまで思っていなかった。さらにシーナは髪を黒に染めているため、実感がまったく湧かない。

潜入していることも忘れ、ただシーナを見つめることしかできなかった。


そこに、不思議に思ったラスが割り込んで来たのだ。



「いや、違うんだ。ただの知り合いなだけだ」

「そう?そんな雰囲気には見えなかったけど」

「紅茶、頼めるか?」

「あ、僕はメロンソーダね」

「俺はコーヒーな。砂糖をちゃんといれろよ」

「はい、ええっと……紅茶とメロンソーダと砂糖いりコーヒーですね……少々お待ちください」




シーナは怪訝な表情をしてレンを眺めていたが、注文が入りハッと我に帰りそそくさと奥へ引っ込んで行った。

レンはシーナには申し訳ないが、この場には長居させたくない、と思ったため強引に注文を取り付けてしまった。

後で説明をするし、してほしい。



(シーナがあらぬ誤解をしなければいいが……)



今はあくまでも侵入者。そのことがバレれば計画は大失敗だ。




「ルート、いつの間にこっちに戻ってたの?さっきまでまた別の女性と話してたじゃない」

「あれは話の内に入らん。話す価値もない」

「げっ……厳しいね」

「ふん。色気を撒き散らしたところであんな風になるだけだ」




ルートは顎であるグループをさした。

そのグループとは……メリナの周りを埋め尽くしている男集団のことだ。

メリナが壇上から降りるとたちまち人だかりができた。しかし、最初は女性群だったはずが、いつの間にか男性群になっていた。



確かに、メリナは美しかった。

父親譲りの金髪はまさに黄金の髪で、腰まで長さがある。華奢な体型で肌は白く、胸元を大胆に開かせた真っ赤なドレスは勝負しているとしか思えない。


その大人なオーラを醸し出したメリナの周りを、欲にまみれた男共が猛追撃しようと囲っているのだ。




「俺はあんな風にはなりたくねぇな。ルックスに惑わされるようじゃ、あいつの相手はできねぇよ」

「メリナ姫の性格って悪いの?」

「その逆だ。おとなしすぎる。だから周りに流されるままにあんな格好をさせられた。あの笑顔も顔に貼り付けただけの薄っぺらいもんだし」

「あれ、もしかして仲悪いの?」

「俺とあいつが釣り合うとでも思っているのか?」

「……」




ラスはルートとメリナを交互に見て、肩をすくめた。




「ぜーんぜん」

「だろ?」



レンはそんな2人の会話に耳をすましながら目はセレナを追っていた。

セレナは食事にはある程度手をつけてはいるのだが、誰とも接触をしようとしない。

数人の男が今まで話しかけていたが、どれも長続きはしていないようだった。




(明らかにおかしいな。あのぐらいの女子ならもっと自分をアピールするはず。まるでメリナにすべてを流しているようだ)




つまり、セレナはこのパーティーには興味がないということだ。

どうやらメインたちはやる気は皆無らしい。ルートはこの様子だし、メリナはあの態度、セレナは無関心。




(やる意味があったのか、このパーティーは……?)




と、そのときレンの頭であることが閃いた。そのあることにレンは思い付いた自分自身に驚く。




(いや、まさかな……考え過ぎだろう)




レンは人知れずかぶりを振っていた。深く考え過ぎてはこの計画に支障を来す。

レンはその考えをいったん打ち消した。


レンは然り気無くルートにセレナの話題をふる。




「セレナ姫はどうなんだ?」

「あ?あいつは……俺にもさっぱりだな。何考えてるかわからねぇ。顔には出さないタイプだな。だが、腹の中ではまったく別のことを考えてるような思わせ振りな態度を取る」

「例えば?」

「このパーティーの話が上がったとき、表面上では喜んでいた。が……今のあの態度。説明がつかねぇ……」

「確かに」