───お見合いパーティー当日。



シーナはパーティー会場の裏方で着替えを済ませた。メイドというだけあって、フリフリの白いレースが黒いスカートの裾に装飾され、頭にはこれまたレースのカチューシャがついている。

最初これを見たときシーナはドン引きした。踊り子の衣装に負けず劣らず人目を惹く様だったからだ。

しかし、パックににこりと笑って渡されれば今さら首を横には振れず、顔を無理やり笑顔にさせて受け取らざるを得なかった。

しかも、周りのメイドは難なくメイド服を着こなしていた。風格があるといっても過言ではないほどだった。

シーナも意を決して着てみた。すると、さっきまでよそよそしかったメイドたちがわっと群がって来た。そして、皆口を揃えて感嘆の声を上げた。



「「「カワイイ~!」」」



そのテンションの変わり様に思わず後退ってしまったが、背中をパックに押されて気づかれずに済んだ。



「さあ、このアルバイトも含め今日は頑張りましょう」

「「「はい!」」」



どうやらパックは料理長らしく、しかもこの容姿ときたもんで、メイドたちはいかんせん張り切っていた。

シーナも自身を奮い立たせ、他のメイドに負けないように頑張ろうと拳を握りしめた。



パックがいなくなった途端、またメイドたちがシーナに群がって来る。

シーナが頭の上にハテナマークを浮かばせていると、いきなり近くにあった椅子に座らされてしまった。

シーナの目が点になっていると、後ろに立たれたメイドの一人に髪を弄られた。

え?と思ったのもつかの間、パックの提案により黒に染められている髪がどんどんと結われていく。



そして、あっという間に密編みが完成していた。




「うーん、我ながらバッチリね。シーナ、私は料理長に頼まれてあなたのお世話係になったシャラルよ。1日だけだけどよろしくね」

「よ、よろしくお願いします」



いきなり顔を上から覗かれて挙動不審になってしまったシーナ。シャラルはそんなシーナに笑いかける。



「ほらほら、顔ひきつってるわよ。笑って笑って!私たちは顔と態度が勝負なんだから。みんなシーナが可愛過ぎて内心焦っているのよ?」

「シャラルさん、それって私たちがブサイクってことですか?」

「そうよ!私も焦ってるんだから」

「えー、全然そんな風に感じないわよ。シャラルは自信家だからねぇ。おまけに美人」

「私のことは放っといて仕事しなさい!この後は打ち上げがあるはずなんだから」



シャラルの最後の言葉に沸き上がるメイドたち。

しかし、いっきに喝を入れた。



「そのためには精一杯働くこと!粗相がないようにしないと、トゥルークの名に泥を塗ることになるわ!はい、解散!」



ぞろぞろと散って行くメイドたち。さながらこの制服は戦闘服なのではないか……と思うほど迫力があった。

そして、シーナはそんなメイドたちの堂々とした態度に自分も負けてはいられないと、勢いよく立ち上がった。




「シャラルさん、まずは何をすればいいですか?」

「あら、やる気になったわね。私たちはまず受付嬢のお手伝いよ。それからは接待。あなたは裏方の仕事はわからないそうだから、笑顔と根性があればできる仕事を、って料理長に頼まれたの。さあ、行くわよ!」

「はい!頑張ります!」



シーナの闘いは、まだ始まったばかり。





その頃、ケイは城に向かって走っていた。遡ること数分前。



「あらやだ!」



と、エレミナの悲鳴じみた声で慌てて駆け寄ると、青い顔をしたエレミナがテーブルの前に立っていた。



「母ちゃんどうしたの?」

「お父さんったら……大事なスカーフを忘れて行ったのよ。催し事のときは特別だからってこの赤いスカーフを持って行くんだけど、間違えていつものを持って行っちゃったみたい。

たぶん気づいてるんだろうけど、取りに帰って来られないから残念がってると思うわ。いつもので我慢してると思うけど、やっぱりこのスカーフじゃないと気分も違うと思うのよね」

「じゃあ、俺が届けて来るよ。まだ始まってないはずだし。証明書ない?」

「ええっと……あ、あった。はい、お願いね。場所はわかる?」

「もちろん!何度忍び込んだと思ってんの?」

「あんた料理人になりたいって張り切ってたもんね。なんだったら手伝って来てもいいわよ」

「あはは……それじゃたぶんボーイになってくれって言われちゃうよ。人はいればいるほど楽になるんだからさ」

「ま、あんたに任せるわ。気をつけていってらっしゃいよ」

「わかった!」



と、家を飛び出したのが数分前である。


城へは証明書が無ければ入れない。忍び込んだ、とケイは言っていたが、パックに内緒で厨房に忍び込んだ、ということを示している。

貴族がたくさん出入りしているとはいえ、門番とは顔見知りだからきっと事情を言えば入れてくれる、或いは届けてくれるとケイは予想していた。


しかし、やはり厳重に警備が成されており、門番ではなく兵士が城へのメイン道路を封鎖していた。許可書を見せた貴族の一行が次々と城へと入って行く。馬車は路肩に止め、徒歩で入って行っているようだ。

ケイは舌打ちをしたが、すぐに見知った男を見つけ安堵の表情になる。



「兄貴!」

「ん?ケイか!なんでこんなところにいるんだい?」

「父ちゃんがこのスカーフを忘れて行ったんだ」

「それは勝負時に使ってるやつだね。それを届けたいんでしょ?」

「そうなんだけど……これじゃ無理か?」

「うーん……ちょっと待ってて」



ケイの兄でありエレミナの長男のココは、近くにいた長官らしき人と話をしている。説得してくれているようだ。

短い会話の後、ココは小走りでケイのところまで戻って来た。



「入って平気だけど、正門からは無理だから裏から入れってさ。裏門がどこにあるかわかる?」

「……わかんないや」

「だよね。それじゃあ……あ、ケニー!俺の弟を裏門まで連れて行ってやってくれ!親父に届け物があるんだ!」

「わかった!俺について来い!」

「うん!じゃ、兄貴頑張ってな」

「ケイも気を付けろよー!」




ココの声援を背中で聞きながらケイはケニーと呼ばれた男性について行く。

ケニーはしばらく走っていると、いきなり歩き始めた。追い付いたケイは息を荒くしながら横を歩く。



「わりぃ。つい俺のペースで走っちまった。大丈夫か?」

「だ、大丈夫……です」

「いやー、それにしてもおまえら兄弟と親父さんは似てんな!瓜三つだぜ」

「よく、言われます……ふう」

「息はだいぶよくなったか?見ろ、あれが裏門だ。あそこにも門番はいるけど、証明書は持ってるか?」

「はい。ありがとうございました」

「よし、行って来いよ。くれぐれも邪魔にならないようにな」




その言葉に軽く手を振りながらケイは裏門に向かった。

なんと、そこの門番は顔見知りのいつもの門番だった。



「おや?ケイ君もお見合い?」



と、門番のひとりが茶化してきた。

その言葉に慌てたふりをして返す。



「え、ち、違いますよ。父ちゃんが大事なスカーフを忘れて行ったんだ」

「あ、俺それ今朝言ってるのを聞いたぞ。残念そうにしていたっけなぁ」

「本当ですか!届けたいんですけど」

「ふむ、パーティー会場に入らなければ大丈夫だと思うぞ。絶対に貴族には見つかるなよ、警備が疎かになっていると騒がれたくないしな」

「それなら……別の人に代わって届けてもらうのでもいいんですけど」

「生憎俺らはここを離れられないし、それにパックさんはケイに届けてもらった方が嬉しいんじゃないか?というわけで、通って良し!」

「ありがとうおじさんたち!」

「おいケイ!俺はまだおじさんじゃねーぞ!相棒はおじいさんだけどな」

「どっちも一緒だよ」

「ケイ君にそう言ってもらえて僕は嬉しいよ。いやぁ、僕もまだまだ若い!」

「……おいおい。喜ぶところかそこは?」




と、2人で笑い出した門番の横を通り城内へと走る。門を通ったそこには広い庭が広がっていた。



(こんなとこに庭があったんだな、知らなかった)



ケイは庭に咲き乱れている花卉をちらちらと堪能しながら通り抜ける。

そして、適当に城の中に足を踏み入れると厨房に向かった。

ケイはわりと土地勘が働く方で、こっちに厨房があるはず……といつもとは違うルートで走る。

その間、不思議と人には会わず、曲がり角を曲がろうとしたとき、ドンッと誰かにぶつかった。

見事に尻餅をつきイタタタ……と声を漏らす。相手もひっくり返ったようでゴンッと鈍い音が聞こえて来た。




「イテテテ……大丈夫ですか……あれ、貴族の人がなんでこんなところに?」

「イテェ……っ!い、いやー……おまえこそ、なんでこんなところを走っているんだ?見たところ一般人みたいじゃねーかよ」

「俺は料理長をしている父ちゃんに忘れ物を届ける最中です。あなたは?」

「俺は……その……」

「なんか、怪しいですね。貴族のふりをして実はパーティーが目的じゃないんじゃないですか?」

「いや、そんなことはねーよ!ちゃんとした目的があってここにいんだ。それにおまえもとっとと親父に渡した方がいいんじゃねーの?」

「ぜーったいに怪しいです。貴族のくせに言葉遣いが荒いし。それじゃまるで曲者みたいな……まさか、襲いに来た!?」

「バッ!違「誰かいませんかっ!むんー!!」

「静かにしろよ。ったく……誤算だぜこんなの。おとなしくしてろ。どうすっかな……ロイの部屋は上の階だってーのに……」




ケイは口を押さえられ身体も羽交い締めにされてしまった。



(くそっ!兄貴に護身術でも習っとくんだった!)




ケイが無言でその貴族風の男を睨み付けていると、男はいきなり立ち上がった。

ケイも立たざるを得なくなり、口を未だに押さえられたまま従う。




「しゃーねぇな。おまえ悪いやつじゃなさそうだし……」

「んんんんんー!!(当たり前だバーカ!)」

「ついて来い」

「んん!?(はあ!?)」

「その忘れ物は俺が代わりに届けてやるから、おまえは俺の言う通りにしろ。いいな?もし変なこと考えたらタダじゃおかねぇ。おまえだって事情を知ればわかるはずだ」

「んんんんん!(勝手なこと言うな!)」

「暴れるなよ。俺だって不本意なんだからな。おまえに拒否権はない」

「んーーー!!(なんだよそれー!)」