「ただいまー」

「あ、お父さん帰って来たわね」

「「「おかえりー!」」」

「父ちゃんお疲れ。パーティーで忙しいんじゃない?」

「あー……肩バキバキだよ。お風呂に入りたい」

「あ、じゃあ俺いれて来るわ」

「助かるよ……おや?どちら様かな?」

「あ、えっと……」

「シーナちゃんよ。買い物の帰りに荷物持ってくれたのよ」

「ほうほう……うーん。いいかも」




夕飯を皆が食べ終わり、お喋りをしていた最中にエレミナの夫が帰って来た。

ケイは父親のために湯船に向かいお湯を張る。

三つ子は父親の足にべったりとくっつき甘えているが、お構い無しにずんずんと歩くため手を離さざるを得なくなった。当の本人はシーナに近づきしげしげと見つめ何やら呟いている。


シーナは恥ずかしくなり俯いた。

エレミナの夫は紳士的な声色で、甘めの顔立ちをしているため照れてしまったのだ。




「お父さん何やってるのよ。シーナちゃん困ってるわよ」

「いやー……それがね。メイドが2人程体調を崩しちゃって。たぶん疲れだと思うんだけどね。その埋め合わせをしてくれる人をちょうど探していたんだ」

「埋め合わせ?まさか、シーナちゃんを多忙の渦に巻き込もうとしてないわよね?」

「そのまさかだけど、ダメかな?1日だけなんだけど」

「ダメでしょ。お客様だしお世話になったのよ。クルスを助けてもらったし」

「そうなのかい?どうしたものか……日数も残り僅かだしツテがあるわけでもないし。うーん……」

「あ、あの。私やりましょうか?」




何やら断ったらダメなような気がして、シーナは申し出ていた。

その言葉に曇っていた顔をパッと輝かせて夫はシーナの両手を自分の両手で包み込んだ。




「いやー!助かるよ。ありがとうありがとう。仕事内容は明日の朝にでも伝えるから、今日はゆっくり休んでね。本当にありがとう」

「い、いえ……」

「もう、シーナちゃんは優しいんだから。絶対に後悔するわよ。人探しはしなくてもいいの?」

「たぶん大丈夫だと思います」

「父ちゃんお風呂沸いたよー」

「今行くよ!僕の名前はパックって言うんだ。よろしくね」

「よろしくお願いします」




握手のように優しく包まれていた手を離され少し寂しくなったシーナの手。

しかし、すぐに別の手に握られた。



「ねーちゃん一緒に寝ない?」

「僕も寝たいな」

「お姉さん一緒に寝よう!」




三つ子たちにキラキラとした瞳で見つめられ思わずうっ……と息が詰まった。

シーナは三つ子にすっかりなつかれてしまい、なかなか離れてくれないのだ。

相手にしていて少し疲れていたシーナだが、屈託のない瞳で見上げられてしまえば首を横には振れない。




「うん。いいよ。お風呂入ってさっさと寝ちゃおうか」

「やったー!とーちゃん早く出てくれないかな」

「あんたたちは先に歯でも磨いてれば?」

「そうしようかな。ケイ兄ちゃんも一緒に寝る?」

「バーカ。俺は身体が大きいから遠慮しとく」

「ちぇっ。こんなときにそれ言わなくてもいいじゃん」

「おまえたちが言ったんだぞ?」

「いーっだ!姉ちゃん2階行こう!」

「え?ちょ、ちょっと。引っ張らなくても行くよ?」

「はーやーく!」




三つ子に無理やり連れて行かれたシーナ。エレミナはそんな三つ子を呆れたように見送りながらため息を吐いた。

ケイもその心情を察して目配せをする。




(あいつら。シーナさんに恋してんな)




まだ恋愛とは遠い年代だが、明らかに大人に対するそれではなく、女性に対するそれになっていた。

ただなついているだけではないことは、はたから見てもわかってしまうほどストレートな態度。

9歳にもなって一緒に寝ようとは大胆な行動だと、エレミナがませてしまった息子たちに呆気に取られているのも事実だ。




「シーナちゃん……大丈夫かしらね」

「さあ?食べられちゃうかもよ」

「そこまで飢えてるのかしらあの子たち」

「最近の子供はわかんねぇからな。怖いもの知らずだし」

「ふう。いい湯だった。ん?どうした?」

「あ、父ちゃん早かったね。あいつらがシーナさんに目をつけたんだ。ませてるよ完全に」

「ほう。もうそんな歳か、早いな。これからが楽しみ「だからっていろいろと教えなくてもいいのよ?」

「え?なんだって?」

「父ちゃん……秘訣とか言ってけっこう過激なこと教えてくるよな」

「え、そうかな?」

「やめて……想像したくないわ。男の話は男だけのときにして」

「あはは……以後気をつけマス」



エレミナが少し暗いトーンで言ったため、パックは恐縮しながら答えた。

そんな2人を横目に、ケイは釘をさす。




「ヤカン、吹き零れてんじゃない?ヒューヒュー音鳴ってる気がするけど」

「え?あらやだ。紅茶いれようと思ってそのまんまだった!お父さんのご飯も用意するから待っててね」

「はあ。やっと休憩できる……」




パックは心底からほっとし、椅子に座った。

三つ子はパックが夕飯を食べている間に入浴を済ませた。その後にシーナも入り濡れた髪を拭いていた。

シーナの長くて綺麗な銀髪がキラキラと光を反射し、青い瞳はうっすらと伏せがちに開かれている。

その美しい様に不覚にも見とれてしまったケイは慌てて目を反らした。


そんな様子に気づいたパックは、ははーんと意地悪そうに息子を眺めた。




「お姉さんの髪綺麗だね」

「そう?珍しいとはよく言われるけど」

「うん。綺麗だよね」

「ねーちゃん早く寝ようぜ。ふぁ~あ……」

「あれ?まだ髪湿ってるね。拭いてあげる」

「あははは……頭が揺れるぅ」

「ふふふ……」




シーナは自身の髪に使っていたタオルをマルクの頭に押し付けごしごしと拭いた。

すると、クリスとスオリは口を尖らせた。




「マルクだけずるーい!僕も!」

「僕もお願い!」

「じゃあ、一ヶ所に集まって?」

「「わーい!」」




2人はマルクにぴったりとくっついた。本人は渋い顔をして嫌そうにしていたが、シーナが3人を抱えて頭を拭きだしたため、途端に上機嫌になる。

そして、何がおもしろいのやら、キャハキャハと声を高くして笑っていた。




「こんなもんかな。はい、終わりー」

「えー!」

「疲れちゃったの。ごめんね?」

「……それなら仕方ないや。じゃあ、寝よう?」

「ちょーっと待ったー!シーナちゃんは別の部屋で寝るの!」

「「「えー!いーじゃん別にー!」」」

「あんたらの相手をして精神的に疲れてるはずよ。ワガママ言わないの!ほら、さっさと行く!」

「ちえっ。ねーちゃん明日は一緒に寝ようよ」

「え、明日?」




シーナには明日もここに泊まる予定はなく、つい聞いてしまった。明日も泊まることはさすがに邪魔になると思っていたため、今晩泊まったら宿に移る気でいたのだ。

おどおどとしているシーナに向かってパックが提案した。




「明日も泊まればいいよ」

「え!でも……それはさすがに……」



パックの言葉に慌ててぶんぶんと首を横に振るシーナ。銀髪がさらさらと揺れ、またケイは顔を反らした。

そんなケイの様子に気づいていながらも、パックは無視して言う。




「逆に三つ子の相手をしてくれてこっちは大助かりだよ。ケイやお母さんだけじゃ足りないみたいだし。シーナちゃんのことが好きみたいだし。それにお金かからないから悪い話じゃないと思うよ?泊まってくれるなら、大歓迎だよ」

「……じゃあ、明日もお願いします」

「うんうん。しばらくいてくれてもいいからね。いつ出て行ってもいいよ」

「はい」

「わーい!明日もお姉さんいるって」

「お姉ちゃんの踊りまた見たいなぁ」

「さっさとちびっこは寝なさい!寝坊したら朝ごはん無いからね!」

「うげっ。それは勘弁してよかーちゃん!早く寝ようぜ」

「うん」

「うあっ……はぁ~あ。おやしゅみお姉しゃん」

「おやすみ」




三つ子がぞろぞろと子供部屋に向かった後、エレミナはシーナの部屋まで案内する。




「さっき荷物置いた部屋覚えてる?」

「はい。えーっと……この部屋ですよね」

「正解。好きに使って良いわよ。もともと客室だし」

「はい。ありがとうございました。おやすみなさい」

「おやすみ」




エレミナと挨拶を交わした後、シーナは部屋の中に入る。

その部屋は客室とあって、だいたいの家具は揃っていた。そして、窓がひとつ。


シーナは窓際に立ち、カチャッと窓を開けた。空には三日月が浮かび、遠くの方には砂漠が広がっている。

しかし、湯上がりの熱冷ましには最適だが、夜の砂漠は冷えるため、湯冷めしてしまってはもとも子もないと早々に閉めた。


ベッドに入り薄めの布団を被る。




(明日は何をしようか……レンさんたちを探さないといけないけど、ひとりで出歩くのは危ないみたいだし……うーん……どうしよう)




と、そんなことばかりが頭の中で堂々巡りをしていたけれど、いつの間にか眠りについてしまったシーナ。

そのとき、カチャカチャとドアノブが回り始めた。しかし、ガッと突っかかる。




「げっ!鍵かかってんじゃんかよ」

「きっとお母さんが閉めるように言ったんだ」

「えー……せっかく忍び込もうとしてたのに」

「しゃーねぇな。今日は諦めよう」




と、小声でひそひそとそんな会話が成されていたとは、シーナは思いもしなかった。

そして、階段の影で密かにガッツポーズをとっている女性の影がその様子を見ていたことも、シーナは知らなかった。