「本当にごめんなさいねぇ……服台無しにしちゃって」

「い、いいえ!気にしてませんよ」

「でもねぇ……」

「なら、泊めてあげれば?服洗って乾かして返せばそれでいいんじゃない?」

「え、そんな!泊めてもらうなんて……」

「まあ、いい考えね!シーナちゃん、今日は泊まっていきなさいな。部屋は余ってるから好きなところ使ってね」

「え、でも……」

「お姉さんうちに泊まるの?やったね!」

「え、いや……」

「お話聞きたいなぁ」

「お話?いいけど……」

「あ、踊りも見せてほしい!僕見たい!」

「あ、俺も俺も」

「僕も!」

「……じゃあ、お言葉に甘えて泊まらせていただきます」




完全に圧しきられるような形で泊まることが決まった。シーナは苦笑しながらも三つ子の応対をしている。

ケイは三つ子の勢いに苦笑いしパンケーキを食べるように勧めた。

すると、三つ子は思い出したかのようにパンケーキに食らいついた。口の周りがシロップやチョコで汚れるのも気にせず、夢中になって食べている。


それをにこにこと見つめながらエレミナが口を開く。




「今から説明するわね。

さっき貴族がいたじゃない?気をつけないとダメよ」

「どうしてですか?」

「あれはね、トゥルークの貴族じゃないのよ」

「え?」

「これから、城で王子や王女のお見合いパーティーがあるんだ。それで、近隣の国のお偉いさんが集まって来てる」

「だから、パートナー募集中!ってことなの。ナンパされちゃうかもしれないから、シーナちゃんを隠したってわけ。それに、断ってもストーカー紛いのことされるかもしれないし」



ナンパ……ストーカー……とシーナがドン引きしていると、マルクが口を挟む。



「そんなの俺がやっつけてやる!」

「僕も!命の恩人を助けなきゃ!」

「お姉ちゃんはカワイイから、護ってあげないとね」




マルクだけでなく、2人にも言われてしまった。そんな三つ子をエレミナは豪快に笑う。



「アハハハ!あんたらが敵う相手じゃないわよ!そうねぇ……まだ10年早いわね」

「じゃあケイ兄ちゃんも敵わないじゃん」

「んだと?俺は強いぞ?いっつも負けてるだろおまえたち3人がかりでも」

「「「それは身体が大きいから!」」」



さすが三つ子、三拍子揃って反論した。シーナもクスクスと笑う。

ケイも声を上げて笑った。エレミナもつられて笑っていたが、何かに気づいたのか急に止める。



「あら、もうこんな時間。夕飯の準備しないと」

「俺も手伝うよ母さん」

「じゃあ、じゃがいも洗ってくれない?まさにいも洗いみたいに」

「それ、どうやんの?」

「……冗談よ。シーナちゃんはちびっこの相手してくれる?」

「あ、はい。わかりました」

「あ、母ちゃんまだ皿取らないでよシロップ残ってるじゃん」

「もうおしまいよ」

「ちぇっ……もったいねーな。あっちで遊ぼうぜ」

「「うん」」



と、椅子から立ち上がりそれぞれが動き出す。

その様子にデジャ・ヴを見たシーナ。




(そうだ……踊り子のテントの中とそっくりなんだ)



休憩が終わると蜘蛛の子が散るようにそそくさと準備にかかる踊り子たち。

その表情は真剣そのもので、身体の柔軟に精を出す者もいれば、舞台を掃除する者もいる。

シーナはたいていビラ配りだったため、ビラの枚数が足りるか、化粧は崩れていないかとチェックに余念がなかった。



ぽーっとシーナの意識が過去に飛んでいたそのとき、レンたちは師匠の帰りを待っていた。


師匠は城へと出掛けた。理由は……




「はあ……お見合いパーティーとか柄じゃねぇのによ」

「仕方ないだろう。そのときしか城に潜入できないからな」

「でもよお……スーツをピシッと着こなして背筋も伸ばして胸張って……バカみてぇ」

「それが礼儀であり行儀だ。我慢しろ」

「ぐえーっ……想像したら似合わねー。レンは絶対似合うよな。肩幅あるし」

「そうか?」

「おまえ目当てで女が寄って来そうだぜ」

「お見合いだからな。それも狙って男女が集まるんだが……それは困るな。目立っては意味がない」

「イヤミにしか聞こえねーよ」




と、数日後の自分たちの予想をしていると、まもなくして師匠が戻って来た。




「どうだった?潜入できそうか」

「まあ、なんとか。怪しまれたが、大丈夫だろう」

「衣装を準備しないといけませんね」

「それは気にする必要はないよ」

「あてでもあるのか?」

「主催者側が準備したのしか着られないそうだから。たぶんクーデターとかを気にしてるんじゃない?武器を忍ばせられたら危険だからね」

「なんだと……俺の知恵が使えないじゃないか。針金とか針金とか針金とか」

「針金しかないじゃないか」

「針金っつってもいろいろあるんだ。細さに長さに使いやすさに」

「それはわかるぞぉ。カードと一言で言っても滑り心地や柔軟さ、大きさも違うぞ」

「わかってくれるのかじいさん!さすがだな」

「……」




職人魂(?)で和気藹々と仲良くなっていく2人を余所にレンはシーナのことを思っていた。




(今頃は何をしているだろうか。まだ寝ているのだろうか。それとも俺たちを追っているのだろうか。それとも記憶が……いや、それは考えないでおこう)




レンは無意識にため息を吐くと、椅子からよいしょと立ち上がる。




「夕飯にするか。リクエストはあるか?」

「俺、コーンスープ飲みてぇ」

「うーむ……お米系が食べたい」

「コーンスープとピラフとサラダにするか」

「賛成!俺は寝る」

「私は荷物を広げなければ。そう言えばまだ手をつけていなかったのでな」



と、言うな否やぐーと寝息をたてる男、さっさと奥へと引っ込んで行く男。

ひとりも手伝おうとする者がいないことに寂しさを感じながらも、レンは黙々と下準備をする。


お米を研ぎ鍋に入れ炊く。その間に野菜を洗ったり食器を出したりと時短を心掛ける。

そのときは、お見合いパーティーのときのマナーは……とシーナとは別なことを考えていた。


実は、シーナとは1年半も話をしていないため、その身振りがあやふやなのだ。どんな声でどんな表情で笑っていたのか思い出せない。

寝顔はすぐに頭に浮かぶのだが……


鍋がふつふつと音を立て始めたため、火を弱めてしばし待つ。そして、貴重な卵を炒め炊けたばかりのお米を投入。バターで味を馴染ませる。

パラパラになるようにフライパンを自在に操り具材を宙に舞わせる。野菜も投入し皿に盛ってできあがり。




レンがコーンスープを温めているときに、ロイは妹のセレナと会っていた。




「お兄様、お久しぶりですわ」

「セレナ……その呼び方止めてくれないか?鳥肌が立ちそうだ。俺には相応しくない」

「いいえ……ロイお兄様は私の兄よ。それは変わらないもの。でも……まさかブランチに入ってたなんて。全然そんな素振りを見せないんだもの。少しでも自分を低く見せるために挙動不審を装おってたし」

「バレていたか」

「お兄様はもっと物をはっきりと言う人だもの。私は知ってるわ」

「敵わないな……ところで、近日何かあるのか?」



ロイはこの窓もない密室に閉じ込められる道中、お手伝いがせっせと忙しなく動いているのが気になった。




(確か、カルトお兄様の成人式のときもこんな感じだったな)




と、ぼんやりと思い出しながら注意深く観察していたのだ。




「まあ、さすがですわ。お見合いパーティーがありますの。ルートお兄様とメリナお姉様と私のね」

「セレナもなのか?」

「私ももう18歳よ。成人式はとっくに済ませてしまったわ」

「そうか……もうそんな歳か。飲み過ぎるなよ」

「これでも私、酒豪であってよ。お父様とは違って」

「……そろそろ戻れ。俺と長時間会っていては怪しまれる」

「ええ。では、これで。また来るわ……」

「ああ」




と、セレナは後ろ髪を引かれているような表情で出て行った。

そんなセレナに笑顔を見せてロイは見送った。

パタンとドアが閉まってからどっと疲れが押し寄せて来る。殴られた頭と蹴られた脇腹が特に痛い。



簡素なシングルベッドに痛くない体勢で倒れこんだロイに、凄まじい眠気が襲って来た。実はああ言ってセレナを帰したのは、眠すぎて堪えられなかったからだ。




(くそっ……油断していた。薬が入っていたか)




先ほど、早過ぎる夕食が運ばれて来た。時計はないが、まだ夜ではないことは明らかだった。

ロイは朝から何も食べていなかったため空腹に逆らえず、綺麗にぺろりと食べてしまった。それが仇となったのだ。




(まあ、痛みがわからなくなって好都合……か……)



無意識に眼鏡を外そうとして、無いことに思い当たり自嘲気味にふっ……と笑った。

寝返りは打てないな、と心のどこかで思いながら、ロイは深い眠りへと落ちていった。