「いただきます……」



踊り子はひとり、テーブルにぽつんと座って朝食を食べようとしている。

その様子を眺めている人相の悪い男が二人。

彼女がパンをちぎりスープに浸して食事を堪能していると、その男共が動き出した。




「お姉さん、ひとり?」

「俺たちが一緒に食事をしてあげようか」




見るからにナンパをしようとしている男共。彼女は食事の手を休めて二人を見上げる。

その青い瞳からは疎いが見えた。



「わたし、昨日はよく眠れなかったので、ゆっくりと食べたいんです。そんなわたしと一緒に食事をしても、楽しくありませんよ」

「じゃあ、俺たちが話しかけてあげるよ」

「そうすれば、元気が出るよ」




なかなか諦めない男共。ニタリニタリと笑いながら、食い下がってでも一緒に食事をしようとトレーを持ったまま突っ立っている。

そこに、男がひとり近づいて行く。その男もトレーに食事を乗せている。



「悪いな、待たせた」



男は二人を尻目に彼女の目の前の席に座り、黙々と食べ始めた。



「いえ……大丈夫です」



彼女もまた何事もなかったかのように、パンを口に含む。

男共は舌打ちをしながら、元の席へと戻って行った。




「あの……ありがとうございました」

「……何がだ?」

「あっ……いえ、何でもありません」




彼女が助けてくれたお礼を言うと、男は否定した。それが男の優しさなのだと、彼女も受け入れる。

男は徐(おもむろ)にポケットに手を突っ込むと、何かを取り出した。

その何かはテーブルの上をテテテテ……と走り回り出した。




「あっ!その子!」




彼女は思った以上の大きな声を出してしまい、すぐに肩を竦めてネズミを目で追う。



「……知り合いか?」

「え?えっと、あの……昨夜わたしの部屋に来たんです」

「そうか、邪魔したな」

「いえ、とんでもないです。朝起きてみたら居なくなっていたので、もしかしたら夢で会ったんじゃないかと……」

「どうやら、夢ではなかったみたいだな」

「はい……」




男は話しながらもパンをネズミに与えている。ネズミはそれを嬉しそうに受け取り、チビチビと食べている。



「きみの髪は……染めているのか?」

「いえ……もともとこの色です。よく言われます」

「銀髪はそう居ないからな。目立つ」

「はい。ですので踊りの宣伝には持ってこいらしくて、いつもビラ配りをしています。踊れるのは一日に一回や二回だけです」

「そうか、それなら俺は運が良かったのだな、君の踊りを見られた」

「……お恥ずかしいところを見られてしまいましたが」

「いや、綺麗だったよ……あ、いや、変な意味合いはないんだ」

「ふふふ……それ、昨夜も言いましたよね」

「そうだったな……」




男は気まずそうにしながら目を伏せ、ネズミの食べている様を眺めている。

その様子からは、昨日の戦闘時の表情など想像もつかない。




「あの……お名前は?」

「聞いてどうする」

「いえ……なんてお呼びすれば良いのかわからなくて」

「ティーナだ」

「ティーナ?あなたのお名前が?」

「え、あ、俺の名前か?てっきりコイツの名前かと思った」

「そうに決まってるじゃないですか、おもしろい人ですね。ふふふ……」

「いや、俺の名前を聞かれるとは思っていなかったんだ……」




彼女にクスクスと笑われ、男は恥ずかしそうに顔をポリポリと指で掻いている。

そこからは、穏やかな空気が二人を包み込む。




「俺の名前はレンだ」

「わたしはシーナです」

「シーナ、か……良い名前だな」

「レンさんも、短くて覚え易いです」

「良く言われる」

「お仕事は何をされているんですか?」

「ブランチで働いている」

「あっ……だからあんな危険なことをしていたんですね」

「まあ、な」

「たいへんなのでしょうね」

「俺から見れば、踊り子も十分たいへんそうに見えるが」

「そうでもありませんよ。皆さん優しいですし」




二人はその後も他愛ない会話をし、席を立つ。

ネズミ……ティーナはもちろん、ポケットの中に突っ込まれた。




「苦しくないんでしょうかね」

「案外居心地が良いみたいだ」

「そうなんですか……あ、レンさんは今日はどちらに?」

「街の散策をしようかと思っている」

「まあ、暇なのですね」

「きみは忙しそうだな」

「……今日は、ビラ配りだけにしようかと思っています。足が本調子ではないので」

「そうか……無理はするなよ」

「はい。では……」

「ああ」




二人は宿から出ると、それぞれ歩き出した。

シーナは踊り子のテントへ、レンは宛もなく。



(目立った情報は無い、か)



レンは疑いを晴らせぬまま、もやもやとした気持ちで足を進める。




(また、戻って来ているな)




影に目を光らせながら通りを進む。まだ朝方なためか、人は少ない。

レンがなんとなくぶらぶらと歩いていると、井戸の中を覗き込む大柄な男を見つけた。




(昔の俺だったら、あんな無防備な後ろ姿を見せつけられれば突き落としているだろう)



クスッとレンは少し笑うと、気配を消して忍び寄る。そして、肩にポンと手を置いた。




「……うぬあっ!……なんつって。バレバレだぞレン」

「やはりマスターには敵わないな」

「……おまえに言われた通り、こうして結界を張ってやっているんだぞ?もう少しありがたみっていうものをだな」

「わかってる。それより、くれ」

「おい、昨日の今日だぞ。まだ無理だ」

「ちっ……」




レンはマスターに向かって手のひらを差し出すも、ぴしゃりと撥ね付けられた。

さすがに、報酬はまだもらえそうにない。


マスターに手をひらひらとさせられ、レンは不機嫌になる。




「以前よりも傷痕が多いな」

「そりゃ、まあ。結界には血が必要だからな。強いヤツの血程強力な結界が作れるってもんだ」

「……何も知らない人間からすれば、気味の悪い程の傷痕の数だがな」

「仕方ねぇからな、こればっかりは。この街の安全は、俺が護る!」

「……洒落にならん」

「言った本人も恥ずかしい……」




寒い空気が漂い始めたが、気配を感じ話を止める。



「……逃げたな」

「そうだな。きっと、令嬢を抱えていたヤツだろう。まだ懲りていないようだな、しぶといヤツだ」

「俺が斬ったはずだが」

「浅かったんだろう。また来るぞ。今度は仕返しに来るかもな」

「返り討ちにしてやる」

「頼もしいな。んじゃな、俺は忙しい」

「そうは見えんが」

「……だろうな。観光、楽しめよー」

「ああ」





レンはまた歩みを進める。しかし、退屈だ。

しかも、こうも陽気な天気だと眠くなって来るらしく、欠伸を噛み締めながら歩いている。

その間も、影への注意は逸らさない。



時間だけが過ぎて行く。