「あの、荷物お持ちしましょうか?重そうですね」

「え?あら、助かるわぁ。ついつい買い込んじゃって内心途方に暮れていたのよ。はい、これ持ってくれないかしら?」

「わかりました」



と、シーナは買い物袋を2つほど受け取った。が、その重さに驚きを隠せない。



(思ったよりも重い……おばさん結構力あるんだ)



主婦はまだ3つも袋を持っているが、まったく重そうにしている気配がない。




(どっちが荷物持ちかわからないかもこれじゃ……)



シーナは心の中で苦笑する。そんな様子に気づいた主婦が気遣ってきた。



「あら、やっぱり重かったかしら」

「い、いえ……大丈夫です。家までお持ちしますから」

「まあ!本当に助かるわぁ。家まで距離は近いんだけど、道のりは長くて……入り込んだところにあるのよ」

「そうなんですか」

「ええ。子供が多くて……しかも男5人!猫の手も借りたい気分よ」

「5人!」



主婦は長話が好きというが、彼女も例外ではなかった。しかし、シーナもついつい流れに乗ってしまって、会話に花が咲く。道中だけで、主婦のだいたいの情報がシーナに流れ込んで来た。



主婦の名前はエレミナといい、夫は城で料理人として毎日せっせと働いている。

子供が5人いると言っても、一番上の20歳の息子は城に住み込みで兵士として働いているらしい。

15歳の息子は家事や子守りを手伝ってくれていて大助かりだと褒めていた。

あとは9歳の三つ子。物心ついているとはいえ、男3人だ。イタズラが好きな子もいてたいへんらしい。



「シーナちゃんは、なんでこの街に来たのかしら?」

「ええっと、人探しです。まだここに着いたばかりで、どこにいるのかもわからないんですけど」

「じゃあ、探さないとね」

「そうなんです……」

「あ、もしかして……逢い引きとか?」

「え、逢い引き……?じゃ、ないです!違います!3人もいるんですから!」

「あら、そんなにムキにならなくても良いじゃないの。まさか、その中に意中の人がいるとか?」

「うっ」

「もう、冗談で言ったつもりなのに……やっぱり女の子は可愛いくって仕方ないわぁ」




シーナは顔を赤くさせて否定していたが、図星のことを言い当てられ言葉が詰まる。

そんな様子を目を細めて微笑みながら見ていたエレミナだが、いきなり目元を鋭くさせた。




「ちっ……貴族がうじゃうじゃ出てきた」

「え?あの、ちょっと?」

「この家私のだから!早く入ってちょうだい。ほら!」



ぐいぐいといきなり背中を押され慌てて民家に雪崩れ込んだ。

エレミナは素早い動作で荷物を家の床に置き、しっかりと鍵を閉めたことを確認すると、ふぅ……と息を吐いた。




「母ちゃん?何かあったのか?」



と、まだ声変わりしていない男の子の声が奥から聞こえて来た。




「大丈夫!回避したから」

「……あれ、誰その女の人」

「親切な旅の人よ。荷物を持ってくれたの」

「まーた母ちゃん買い過ぎたんだろ。ほどほどにしろって言ってるのに」

「ごめんごめん。しまってくれない?」

「ほいきた」



と、爽やかな好青年がひょこっと顔を出したかと思えば、荷物を全部ひょいっと持ち上げて奥へと戻ってしまった。

ぽかーんとシーナがあんぐりとしていると、エレミナが目の前で手をひらひらとしてきた。



「ごめんなさいね。強引に押し込んじゃって。あとで説明するから適当に座ってちょうだいな」



その言葉で我にかえり素早く身体を起こすと、リビングにおずおずと足を踏み入れる。

リビングには連結した台所と、テーブルや椅子などの一般的な家具があった。

窓は全開にされ、風がよく通っている。そして、ドタドタと上から響いて来る複数の足音……




「かーちゃんおかえりー!さっきまで庭で遊んでたんだけど暑くなったから家にいたんだ!」

「違うよ、マルクが服汚したから着替えたんだ」

「クリス!チクるなよー!」

「マルクが服洗わなかったからね、僕が洗ったんだよ」

「そうなの?偉いわねスオリ」

「えへへ……ちゃんと干したからね。庭にかけといたよ」

「一番弟なのにマルクよりもお兄ちゃんみたいね」

「その通りだよ母さん!」




と、子供たちのマシンガントークに難なく受け答えをしているエレミナ。

その様子をまたぽかーんとしてシーナは眺めていた。どうやら会話について行けていないらしい。



「あれ、このねーちゃんは?」



いきなり三つ子のひとり(名前がまだわからない)に指差された。それでシーナはハッとする。



「こら、マルク指でささないの!このお姉ちゃんはね、荷物運びを手伝ってくれた人よ」

「わざわざどうもすみません。うちのかーちゃんがご迷惑を……イッテ!母ちゃんイテーよ!」

「どこでそんな言葉覚えたのよ!」

「この間近所のおばさんが言ってたんだい!」

「もう……また庭で遊んでらっしゃい。ケイが終わるまで待ってて」

「「はーい」」

「やっほーい!」



嵐のように三つ子は庭へと消えて行った。その庭は全開の窓から見ることができ、やんややんやと騒がしい。



「ごめんなさいね、うるさくって」

「い、いえ……少しビックリしましたけど」

「今度こそ、適当に座っててちょうだいな。これからパンケーキ焼くから」

「パンケーキですか?」

「ちびっこは食べ物がないとおとなしく話を聞けないじゃない?」

「それならお手伝いしますよ」

「いいのいいの!お客様は座ってて。居心地が悪いんだったら、外で一緒に遊んで来てもいいわよ。なんなら、家の中を見ててもいいいわ。じゃあ、適当に時間潰してて」

「あ、はあ……」




エレミナは矢継ぎ早にそう言うと、エプロンを着て台所に立った。

棚から材料やら道具やらを出し始めたため、邪魔しちゃ悪いとシーナはぶらぶらと歩く。




(立派な家だな……二階もあるみたいだし。庭もあるし。もしかしたら、それなりにお金持ちなのかも)



シーナは特に見るわけでもなく、リビングの中をぐるりと歩く。

そのとき、外から子供の泣き声が僅かに聞こえて来た。エレミナの方を見たが、材料を混ぜるカチャカチャという音で聞こえていないらしかった。


シーナは子供たちが出て行った大きなガラス戸を開けて庭に出た。

そこには、色とりどりの花が咲き乱れ、大きな木が植えられていた。どうやらその木の下に子供たちがいるようで、木陰の隅で2人の黒い塊が動いている。

近づいて声をかけてみた。




「どうしたの?」

「あ、ねーちゃんだ」

「あのね、クリスが木から降りられなくなっちゃったんだ。あそこだよ」




ほら、と指されたところには、確かに小さな影が必死に木の幹にしがみついていた。

シーナからすればあまり高いところではないが、子供からすれば相当高いのかもしれない。



見上げているときでも、クリスの泣き声は響いていた。




「俺な、クリスとどっちが高く登れるか競争したんだ。そしたらあの様さ」

「ダメだよそんな言い方しちゃ。マルクは怖くなって降りてきただけじゃん」

「バッ……そんなわけねーだろ!」

「まあまあまあ……私が助けて来るよ」

「お姉ちゃん登れるの?」

「うん」

「クリスー!お姉ちゃんが助けてくれるって!だから動いちゃダメだよー」

「あぁやぁぐぅじぃでぇ~!」




涙声になっているため聞き取りづらいが、どうやら催促しているらしい。

シーナは背負いっぱなしだった荷物や着っぱなしだったマントを取り払い、木に手をかける。


そして、難なくクリスがいるところまで登りつめた。




「迎えに来たよ」

「お姉ざん!ぐずっ」

「ちゃんと掴まっててね」




シーナはクリスの涙や鼻水で濡れた顔を見て笑いそうになったが、笑みを浮かべるまでに止めた。



(きっと、笑っちゃうとプライドに傷がつくよね)



マルクと競争して登ったはいいが、自分でも思ってたよりも高いところに来てしまったため、怖じ気づいてしまったのだろう。


シーナはクリスに肩に掴まっているように言い片腕で背負う。自身は片手と両足だけで枝を淡々と降りて行き、あまり高さがなくなったところで飛び降りた。

それを興味津々といった感じでマルクとスオリが見上げていた。

シーナが着地したとたん拍手が起こる。




「すげーなねーちゃん!身体が飛んでるみたいだったぜ」

「え?大袈裟だよ」

「僕も思ったよ?お姉ちゃん身体が軽くて柔らかいんだね」

「ダンスやってたからだよ」

「ダンス?踊れるの?凄いねお姉ちゃん!」

「ご、ごめんなさい!」





と、いきなり真後ろから甲高い声が聞こえてきた。ビックリしてシーナが振り返ると、クリスが頭を下げていた。




「ど、どうしたの?」

「あのね……お姉さんの服、僕の鼻水でびしょびしょになっちゃった……」




……どうりで背中が湿っぽいわけだ。