ロイが城内で部屋に連れて行かれた頃、レンたちはとにかく情報が足りないと、走り回っていた。

しかし、思ったよりも成果は芳しくなく、途方に暮れていたのも事実である。


レンは昼時になり貸家に戻ると、すでのギルシードがぐだーっとリビングのテーブルに突っ伏していた。




「おお……レン。どうだ?」

「ダメだな」

「俺もだぜ……なんでこんなに情報が残ってねぇんだ?ロイのロの字も出て来やしねぇ」

「だからと言って嗅ぎ回り過ぎても、かえって怪しまれる」

「くそーっ……こんなに難航するとは思ってなかったぜ」




ギルシードは一度は上げた顔も、またテーブルにくっつけてしまった。

レンは台所に立ち袖を捲って料理を開始した。


トゥルークは水には困らないが、気候が暑い。そのため、動物はすぐにへたれてしまうため、牧場などはひとつもない。

しかし、大河には魚がいない。砂漠の川には魚は住めない。

すなわち、とにかくエネルギーを摂りづらい環境下なのだ。


そのため、ここトゥルークでは新鮮な肉や魚は手に入らない。水が豊富なため、野菜や果物はそこかしこで売られているのだが……

では、エネルギーは何で賄っているのかと言うと……必然と芋類や根菜になるわけで。



レンはじゃがいもを切ると、油を引いたフライパンで野菜と一緒に炒め始めた。

ジュウジュウと美味しそうな音がするが……レンは自身の汗が入り込まないようにするので忙しかった。


額の汗を合間に腕で拭う。


野菜炒めをお皿に盛り付けると、続いて簡単なサラダを小鉢に添え、かぼちゃの冷スープをカップに注ぎギルシードの突っ伏しているテーブルに置いた。

その振動で、寝惚け眼を覗かせるギルシードがむくりと起き上がる。


が、本格的な料理の出来映えに瞳をカッと見開いた。




「スゴッ!え、スゲッ!レン!なんなんだこの出来映えは!」

「驚き過ぎだ。それほど凝ってはいない」

「嘘だろ!こんなに料理できるヤツだと思ってなかったぜ!昨日はロイが作ってたよな」

「ああ。人の家の台所を勝手に使って良いかわからなかったからな。ロイに任せた」

「腹ペッコペコだぜ!いただきまーす」

「いただきます」




と、箸を持った途端ガツガツとガッツキ始めたギルシード。それを苦笑しながらレンは見ていた。

ある程度料理が無くなってきたとき、ピタリと2人は動きを止めた。

目配せをして、外に視線を寄越している。どうやら、外に誰かいるようだ。

今朝のこともあり、もしかしたらまた護衛が乗り込んで来るかもしれない、と警戒していたのだ。



2人が同時に立ち上がろうとしたとき、いきなり家のドアが開けられた。しかし、そうっ……と、力なくそれは開かれ、男がドタッと家の中に倒れて来た。

わりと年配の男性は髪をボサボサに遊ばせ、長い髭がばらばらと床に広がっている。



敵ではなさそうだ、ということで2人はきょとんとして男に近寄り声をかけた。




「大丈夫か?じいさん」

「起きられますか?」

「は……た」

「は?」

「腹…へっ……た」




男は掠れた声でそう答えた。レンがその身体を抱き起こし、ギルシードが慌てながら消化の良いスープを渡すと、人が変わったようにそれをスプーンも使わずイッキ飲みし始めた。

呆気に取られる他者など気にせず、ズズズーッと音を響かせ飲みきり、プハーッと息を吐いた。



「いやー……生き返った!」

「じいさん……誰だ?」

「むう?おや?ロイがおらんな。家を間違えたか?そなたらは誰だ?」

「家は間違えてませんよ。俺たちはロイの仲間です。あなたは……ロイのお師匠さんですよね?」

「いかにも。わしはロイの手品の師匠だが……」

「聞きたいことがあります。とにかく座ってください」




レン、ギルシード、師匠は食事を囲んで座る。

師匠がまだ物欲しげに野菜炒めを見つめているため、師匠の分も用意してあげてからレンは座った。


師匠がどうぞ、と言ったので、レンは実は……と話し始める。



ロイが連れ去れたと、レンが言ったとき、師匠は思わず箸を床に落としていた。

その音に気づいておお、すまん……とそれを拾うが、顔は浮かない表情だった。




「それで、僕たちは情報収集をしていたのですが、皆無で……」

「だろうな。ロイは隠蔽された存在なのだから」

「隠蔽!?」

「うむ……そなたらは信頼できそうだから話すが……ロイは王子だ」

「お、王子!?あの生意気なガキが?」

「生意気?そうか……素を出せる者がとうとう現れたのか、そうかそうか……」

「お師匠さん?それとロイと何の関係があるのですか?」

「む?そうだな……話は長くなるが」




師匠は、ロイは王子であり、デカル教徒の多い城内では迫害されていたこと、母親が病弱でいつも気にかけていたこと、手品を学んで独り立ちをしたことなど、身の上話をしてくれた。

その続きはレンたちとの出逢いに繋がり今に至る、ということらしい。




「ロイは……可哀想で、幸せ者なんだよ」

「幸せ者?どこがだ?父親からも親戚からも見放されたのにか?」

「父親は……違うんだ」

「違う?なぜですか?」

「陛下は……俺とは昔からの付き合いでね、たまに会ったりしていたんだ」

「はあ!?それロイは知ってんのかよ?」

「いや、知らん。言うなと釘を刺されていたからな」

「話してもらえませんか?」

「いいともいいとも。包み隠さず話そう」




師匠はゆっくりと何度も頷くと、ぽつりぽつりと話し始めた。

その内容に2人は呆然とし、終わった後もしばらくは言葉を発せなかった。




師匠が家にたどり着く少し前、シーナは熱い砂漠の上を歩いていた。



(ルカンさんには止められちゃったけど、居ても立ってもいられない)



シーナは顔をターバンで包み、白い布でできたマントで日差しから身を隠しながらスタスタと歩いていた。

目の前にはトゥルークの城壁が見えている。



シーナ自身、こんなにも早くに着くとは思っていなかった。

怖い思いをしたトンネルを足早に抜けると、目の前をモモが走り抜けた。思わず名前を呼んでしまうと、モモはシーナを見た。

すると、覚えていたのか尻尾を振りながら走り寄ってくれた。おずおずとその頭を撫でるとまんざらでもなさそうで、ゴロンと横になりもっと、と催促した。

その姿に胸キュンしたシーナは、両手でわしゃわしゃともふもふのモモの黒い毛を撫でた。



しばらく戯れていると、ドドドドド……と地響きがしたかと思うと、栗毛の馬から飛び降りたトリカがびっくりしたような顔で目の前に現れた。




「ええっ!いつの間にそんなに仲良くなってんの?」

「ついさっき……ですかね」

「そうなの?モモがこんなになつくなんて珍し。ところで、お出かけ?」

「あ、はい。トゥルークに行こうかと。そこにレンさんたちがいるみたいなので」

「とすると、ちょっと道のりは長いわね……よし、砂漠の手前まで送ってあげるわ!」

「本当ですか?助かります!」

「この子がちゃんと送ってくれるわ。モモもついてらっしゃいな。迷うといけないから」




狼にも関わらず、モモはワン!と鳴いた後タッタッタッと軽快に走って行ってしまった。

シーナは慌てて栗毛の馬に乗る。




「そーれいってこーい!」




と、トリカは馬の尻をパシッと叩いた。馬は叩かれたことにより走り出す。

シーナは手綱がないため焦った。トリカに助けを求めるべく振り返るも、ニコニコと笑ってばかりだった。



シーナは振り落とされないようにしっかりと馬の首にしがみつき、持ち前のバランス感覚で乗りこなすこと数時間。



砂漠に着き動物たちに別れを告げると炎天下の砂の上に足を踏み入れた。

ルカンに言われた通り、服装を変えひたすら歩き今に至る。





そして、とうとうトゥルークにたどり着いたのだ。

ちょうど、年配の男性がふらふらと中に入ろうと歩いていたので、その人について行った。

手続きをして、念願のトゥルークに一歩を踏み出し、その壮大さに感嘆の声を漏らした。


年配はいつの間にかいなくなっていたので、宛もなく歩くことにした。




(それにしても、何かあるのかな?)




実は、道中にラクダに乗ったいくつもの集団に追い抜かれたのだ。その集団は吸い込まれるようにしてトゥルークに入って行ったようだった。




(お祭り……とか?でも、なんだか位の高そうな人ばかりだったな。護衛みたいな人がひとりに何人もついていたし)




しかし、そんな様子ではないことが今わかり、さらにハテナマークが頭上に浮かぶ。

聞いてみようか、とシーナは重そうな買い物袋を持った主婦に話しかけた。