レンはドタドタと騒々しい足音で目が覚めた。まだ夜は明けておらず、窓の外はまだ薄暗い。

どうやら足音はこの階のもののようで、ドアの下の隙間では影がゆらついている。

その足音が目指す先は……とレンがぼんやりと考えていると、ギルシードの怒鳴り声が聞こえた。



「テメーら何もんだ!?俺の安眠を妨げやがって!おい……そいつを離せ!」



と、最後の言葉が聞き捨てならなかったため、レンも廊下へと出る。

そこには、男たちに囲まれたロイの姿があった。そんな彼はちゃんとした身なりをしていた。このようなことになることが想像できていたのかもしれない。

男たちは豪勢な軍服に身を包み、腰には剣が携えてある。神経を逆撫でさせてしまえば、あの剣が襲って来るかもしれない。


両腕を拘束され、引っ張られるようにしてロイはとぼとぼと歩いていた。今にも階段を降りようとしていたが、それをギルシードが引き留めたらしい。



「おい!そこのおまえ!口の聞き方に気をつけろ」

「はあ!?んだよ!何様のつもりだテメーらは!」

「それはこちらの台詞だ!我々を何だと思っているのだ」

「はあ!?」



と、ロイを拘束している男たちとギルシードが一触即発な空気に包まれたため、レンが割って入る。

なるべく声色を抑えてレンは述べた。



「王族関係の方々……ですよね?」

「おお、そうだ。ものわかりが良いやつがいて助かる」



格が一番上なのだろうか、いかにも偉そうな態度を取っている先頭の男が答えた。

しかし、ギルシードはものわかりの悪いやつみたいな言い方をされた。

彼はその言葉にぴくりと反応したが、レンは無言の視線を送り、しゃべるな、と睨む。

ギルシードは物凄い形相で男たちを睨み付けてはいるものの、おとなしく黙っていた。



「なぜ、彼を連れて行くのですか?彼は俺たちの仲間なのですが。そのような扱いを受けるようなことをしましたか?」

「仲間?ふん、寝言は寝て言え。こいつは存在自体が罪そのものなのだ」

「……」

「……長居は無用だ。行くぞ」

「待てよ」




男たちが今度こそと階段を降りようとしたとき、怒気を含んだギルシードの声が遮った。

その言葉にあからさまに嫌な顔をしながら男たちが振り向く。

その間も、ロイは項垂れており顔色を窺うことはできない。



「そいつを離せよ」

「おい!おまえ!口の聞き方に気をつけろと言ったはずだが。ここで手錠を掛けてもいいんだぞ?」

「おあいにく様だな。俺はブランチだ。そんなことをすれば、テメーらの首が吹っ飛ぶぞ」

「ブランチ?それがどうした。我々にはブランチなど恐れるに足らない存在だ。トゥルークの国家の力を持ってすれば、ブランチなど容易くへし折れる」

「なっ……!それこそ反逆罪で捕まっぞ!」

「ふん……話にならんな。小僧ひとりに時間を使い過ぎた。行くぞ」

「おい!テメーら!ロイもなんとか言えよ!……レン!邪魔すんな!」



ギルシードの止めには答えず男たちとロイは去って行く。ギルシードはそれの跡を追おうとするもレンに邪魔され、たちまちさらに不機嫌になった。

そんな彼をレンは静かに見つめた。



「ギルシード、わからないのか?」

「ああ?」

「ロイは、俺たちを庇っている」



ロイが少しも言葉を発せず、一度もレンたちを見なかったのは、迷惑をかけないようにするため。

矛先が自分だけに向かうように、わざと素知らぬ態度を取ったのだ。まあ、ギルシードが楯突いたおかげで、あまり効果はなかったが。


ギルシードはその言葉に僅かに瞳を揺らすが、口調は変わらない。



「そんなの知るか!納得いかねーよこんなの!」

「ギルシード、声の音量を下げろ。ひとまず俺の部屋に来い」



レンはギルシードが何か言う前に、部屋へと連れ込み椅子の上に座らせた。

自身はベッドの上に座り向かい合わせになる。

レンが真っ直ぐ見てくるため、ギルシードは居たたまれなくなったのか視線を反らした。



「で、言いたいことはなんだ」

「……んなもん、忘れた」

「はあ……まったく。きちんと考えてからものを言え。少しはまともになったと思っていたのだが」

「悔しくねーのかよ。俺たちを急に部外者にしやがって……」

「部外者にしたのは、きみの方だろう?」

「は……?」

「あんな、天の邪鬼(あまのじゃく)な態度を取ればそうなるだろう。心配なら素直に心配だと言えば良かったんだ。もっと物腰柔らかにすればもしかしたらロイは話してくれたかもしれない」

「そんなの、わかんねーだろ……」

「彼は少なくとも、嘘はつかない男だ。嘘偽りなく告白してくれたかもしれない。しかし、きみはその機会を作ろうともしなかった。彼の心の闇に気づきながらも」

「じゃあ、どうしろってんだよ!」



ギルシードはガタンッと椅子から立ち上がりレンの胸ぐらを掴んだ。レンはそれを甘んじて受け止めた。

レンはまだギルシードの茶色い瞳を見つめている。



「素直になれ、と言ったはずだ」

「……」

「恩を仇で返すのか?きみは」

「ぐっ……」



レンの言葉に息を詰めたギルシード。心当たりがあるのだろうか、一瞬視線をさ迷わせた。

レンはそんな彼にさらに追い討ちをかける。



「きみは、このままロイを放って置くのか?探りが上手い盗人でも、探る気が無ければただの罪人だな。役に立たんやつだ」

「……てな……やがって……」

「ん?」

「……勝手なこと言いやがって!テメーだって天の邪鬼じゃねーかよ!そんなの本心から思ってねぇだろーが!」

「さあ、どうだかな?俺はこれでも過酷な状況下を切り抜けて来た。だから世間を甘く見ているやつほど、イラつくやつはいない」

「意味わかんねーよ……」

「わからないのか?やはりバカだな。いいか、脳みそに叩き込めよ」



レンは仕返しとばかりに逆にギルシードの胸ぐらを掴み、あっという間に床に捩(ね)じ伏せた。

ギルシードは予想外なその行動に動揺を隠せない。腕を捩られ呻き声を漏らす。



「ロイがこれから、どうなると思う……?」

「はっ……」

「牢屋行きか、地獄行きか……はたまた、それよりも質の悪いことをされるか……」

「っつ……!」



レンは静かなもの言いで残酷なことをギルシードの耳に囁く。

それは思ったよりも効果絶大だったようで、ギルシードの脳みそに染み渡る。



(ロイが……殺されると言いたいのか……?このままオサラバで良いのか俺たちは?そういや……まだ借りを返してねーな……返さねーと男が廃るってもんだ)



みるみる内にギルシードの瞳の意志が変わっていくことに満足したレンは、ギルシードから身体を離し立ち上がる。

ギルシードはそれでもまだ床に突っ伏していたが、やがてゆっくりと立ち上がった。


もう、その瞳には熱い魂しか感じられなかった。迷いのない、屈託のない光。

その光が、彼の行く手を照らす。




「まずは、情報収集だな」




顔を出した太陽の光が、彼の凛とした横顔を包み込む。

が、何に気づいたのかその顔はたちまち破顔し始めた。どうやら笑いの衝動を抑えているらしい。肩が小刻みに揺れている。



「つーか、レン……その寝癖どうにかしてくれよ!」