『シーナ、こちらにいらっしゃい』



そんな、綺麗な女性の声が聞こえて来た。



「ヴィーナス!会いたかった!」



幼い私はその女性に抱きつく。けれど、女性の顔はぼんやりとしていてわからない。

女性は私を抱き締めると、頭を撫で髪を掬った。さらさらと細い指の間を銀髪が零れ落ちる。



『あなたの髪は綺麗ね』

「ヴィーナスもね!」

『あら、そう?ありがとう』



ふふふ……と女性は笑いながらまた頭を撫でてくれる。それが嬉しくてさらにぎゅっと抱きついた。



『シーナ、あなたは幸せ?』

「……わかんない」

『どうしたの?』



女性は私の答えに心配そうな口調で問いかけた。私はぶすっとふて腐れながら答える。



「踊りたくない」

『どうして?』

「見られたくないから、ヤダ」

『なのに踊っているの?』

「だって……団長のところにいるには、踊らないといけないし。恩返ししなきゃ」

『シーナは偉いのね!』

「そうかな?」

『そうよ。あ、私にシーナの踊りを見せてくれない?』

「えー!恥ずかしいよぉ」



と、私は恥ずかしくなって女性から顔を反らし下を向く。

そんな私に女性は言った。



『どうしても見たいな、シーナの踊り。きっと綺麗なんだろうなぁ……見てみたいなぁ』

「……本当に見たいの?」

『ええ。本当よ』

「じゃあ、見せてあげる!」

『そうこなくっちゃ!』




私は女性の前で踊りを披露している。自由気ままにくるくると、くるくると……

そのうち、だんだん意識がどこか遠くへ飛びそうになってきた。踊っているのに、踊っているはずなのに……手足の感覚がない。

目の前の景色は動いている。けれど、私の身体は動いていない。

女性が視界の隅に入ったり出たりしている。でも、顔はぼやけたまま。



『ごめんなさい、シーナ。もうこれでお別れよ。踊り、綺麗だったわ』

「ヴィーナス……」



だんだんと遠退く意識。頭に触れる優しい温もり。だけど、誰だっけ……この人誰だっけ……大切な人なのに思い出せない。

それでも世界は廻る。くるくると、くるくると……


影もこぞって踊り出す。くるくると、くるくると……私に合わせて踊ってる。私は動いていない。けれど、影は踊ってる。



『ごめんね……』



最後に、そんな声を聞いた気がした。



「さよなら」



それは、別れの合言葉。言ったが最後、言ったことすら忘れる合言葉。

思い出も忘れて、私は大人になっていく。



それでも世界は廻ってる。くるくると、くるくると……