「これは……」

「ええ、来てますね」

「前言撤回するわ。修羅場じゃねぇ……戦場だろこれ!」



3人は閉じていた目をゆっくりと開けた。

そこには、黒いオーラが立ち込めている森。そして、その上空にも真っ黒な雲が……と思ったが、それらは雲よりも生半可なものではなかった。

飛来している、魔物の大群。

それが真っ直ぐこちらに向かって来ているではないか。



「森の中に逃げ込めればやり過ごせるな」

「そうですね。向こうは身体が大きいみたいですし、木陰に入ってしまえば容易には襲えないはずです」

「てめーら呑気に分析してねぇでさっさと走りやがれ!」



ギルシードの怒鳴り声に2人も走り出す。

2人はギルシードを呆気なく追い越すと、そのまま突っ走る。



(体長差のせいだよこんちくしょう!)



と自分に喝を入れて2人の跡を追うギルシード。

3人は森へ、魔物は森から、というなんとも逃げたいはずなのに矛盾した行動をしているため、ギルシードは不安になる。


あの森まであと少しのところで、一同は魔物の下を通り過ぎた。

今度は魔物は後ろから追って来る。自然と一番後ろにいる彼が狙われるわけで……

彼の背中に嫌な汗が伝った。無意識に悲痛な声を上げてしまう。



「マジでヤベーってこれ!」

「無駄口を叩くな!」

「ギルさん後ろ!」



レンは前を向いたまま叫び、ロイは後ろを向いた瞬間思わず叫んだ。

ギルシードの後頭部を魔物の鋭利な爪が狙っていたのだ。それをギルシードはロイの言葉でまさに間一髪のところで避けた。

仕留め損ねた魔物は怒りを露にした甲高い鳴き声を上げる。


そして、戦闘準備が整ったのか、一斉にギルシードに迫って来た。

レンとロイは森の草むらに転がり込むと、ギルシードの到着を待った。


ギルシードもそこに突っ込もうとしたが、魔物が巻き起こす風で思うように進めない。

目に砂が入ったのか、腕で顔を覆いながら頼りなく走っている。


痺れを切らしたロイが、腰から何かをひっ掴むとそれを魔物目掛けて発射した。

思わぬ加勢に魔物はいったん身を引く。

その隙にギルシードは身体を草むらに投じた。



「……あっぶねぇ。寿命が縮まったぜ」

「それはこちらの台詞です!」

「おい、魔物が去って行くぞ」



レンは目を凝らして上空を見据える。木々の間から蠢く影が見えていたが、やがてそれは去って行った。

ロイは手に持っている物を腰に収め立ち上がると、ギルシードに手を差し伸べる。



「ギルさん」

「お、おお……すまねぇ」



その手をギルシードは握り、立ち上がる。目を擦りすぎて軽く充血してはいたが、目立った外傷はなかった。

レンはしげしげとロイを見つめた。




「いつの間に銃なんか手に入れたんだ?それは容易には手に入らない希少な物だろう」

「これは本部からいただきました。報酬、だそうです。まだ未熟者ですので、コントロールはいまいちですが」

「……っておい、俺を殺す気か!?」

「大丈夫ですよ。そこまでノーコンではありません」

「ロイはもともとナイフを投げていたからな。コツさえ掴めば平気だろう」



と、2人とも特に気にせず歩き出してしまった。

ギルシードだけは厳つい顔をしてふてぶてしく歩く。



(さっきは助けられちまったな……借りができちまったじゃねぇか)



と、感謝しながらも面目ない自分に嫌気がさしていた。



(ロイは気にしてねぇみてーだが……いつか借りはきっちりと返すからな)



ギルシードはそう硬く決意しながら、鬱蒼と生い茂る大木と、息苦しくなりそうなほどの影の濃さに悪態をつけまくった。






「おい、この方向で合ってるよな?」

「正確に言えば、合ってるはず、です」

「マジかよ……完全に方向わかんなくなってんじゃねーか」

「大丈夫ですよ」

「はあ?」

「勘の塊みたいな心強い男がいますから」

「……」



と、ロイはしれっと言ってのけた。その言葉にレンは無言である。

レン自身、そこまで勘の働く男だとは豪語していないが、周りの意見は一致していた。


この男には運がついている、と。さらには、

神様も味方してそうだよねぇー、とお転婆な娘にもからかわれた。


本人に自覚はないが、勘が鋭いのは確かである。



「どのぐらい歩いた?」

「一時間弱ですね」

「はあ?どんだけ広いんだよこの森はー!」

「だが……シーナの影が中心部にいるとも限らない……」



お得意の直感で意見を述べたとき、レンは誰かに呼ばれたような気がした。切羽詰まったような、そんな声だった。男かも女かもわからないが、確かに自分は誰かに助けを求められている。


そう思ったレンは歩く速さを上げた。もしかしたら間に合わないかもしれない、という焦りが彼の足を駆り立てたのだ。


そんなレンに焦りながら2人はついていく。一切口出しはしない。してしまえば邪魔になると思ったからだ。


レンは方向を少し右にずらしながら歩く。




やがて、目の前に広がった光景にレンは我が目を疑った。




「誰だ……?」