「しっかし、レンはたいしたもんだな」

「……なんだ?」

「おまえの声の力は大きいってこった。昨日話してるときなんざ、必死さがすごかった」

「ですね。話し終わったら今にも飛び出してしまうんではないか、と焦りましたよ」

「……」

「おい、俺は褒めてるんだぜ」




今はあのトンネルの中を歩いている。レンがマーキュリーに会ったのはつい昨日のことだ。

それ以来彼らは本当に姿を現していない。やはり現の世界でのレンたちの動向は探らないようだ。

だが、影の世界に行けばまた違うのかもしれない。




「それで、どうしますか?どのルートを通りましょうか」

「ルート?最短が良いよな」

「なら、ロイが行っていたトゥルークが一番近い。歩いて1日ぐらいだろう」

「……そうですね。そう言えば、サラはどうしたんですか?」




ロイは少しの間の後、にこりと笑って答えた。そして話を変えるようにしてサラの話題を出した。

確かに、3人の近くにはあの黒くて大きな雌馬はいなかった。




「実家に帰った」

「実家?喧嘩でもしたか?」

「……それは人間での話だろう。サラも年だからな。身体のことを考えて安静にしてもらいたかったんだ」

「田舎だっけか?どこなんだ?」

「マルーテだ」

「……本当に田舎なんですね」

「マルーテっつったら……ワインが上手いとこだな」

「行ったことあるのか?」

「いや、産地として知ってるぐらいだ」




と、他愛のない話をしながら進む。

そして、やっとトンネルから抜けた。




「くはー!やっぱ外の空気はうまい!」

「ですね。トンネルの中は意外と篭ってますから」

「……お、トリカがあそこを走っているぞ」

「どれどれ?」



と、前方に目をこらせば確かに、あの栗毛の馬に乗り颯爽と走っているトリカがいた。その横には狼のモモも付き添っている。

どうやらこちらには気づかなかったらしく、そのままどこかへと走り去って行った。




「ホント、お転婆だよな 」

「お婆さん、というよりも馬ですがね」

「おい、そんなこと言っているとトリカに聞こえる」

「す、すみません」



とロイは謝罪したが、口元は笑っていた。

外見やオーラが変われど、ロイはロイだな、とレンは思った。

ギルシードはいちいち取っつかなくなった。

歳月は人を変えると言うが、まさにその通りである。



「トゥルークはどっちだ?」

「こっちです」

「……雨が降りそうだな」

「お得意の直感か?それなら急いだ方が良さそうだな」

「夜だと思う」

「善は急げ、とも言いますし」



3人は照りつける太陽に目を細めながら突き進むが、歩けど歩けど草草草。

後ろに見える、本部があった山々はだんだんと小さくなってきた。

そして、手のひらと同じぐらいの大きさまでになると、空気の冷たさは収まっていった。

掲げた手のひらに腕から流れた汗が線を作る。


レンはその腕で頬を流れた汗を拭うと、ふぅ、と息を吐いた。

先ほどまでは白かった息も、今は白くならない。

……それにしても暑い。暑いのだ。



「あぢー。これっぽっちの距離で気温はこんな変わんのか?」

「地形も標高も違いますからね。仕方ありませ……っつ!目に汗が……」

「眼鏡掛けてるから拭きづらいんだろ……眼鏡焼けするなよー」

「し、しませんから!いてー……」

「気を付けろよ。水分補給もマメにな」

「なんだか……ギルさん前と変わりましたね。そのせいで調子狂います」

「ああ?!」

「その調子です」

「くそ……バカにしやがって」



犬猿の仲は健在か、とレンはやれやれとため息を吐いた。

しかし、ギルシードの言う通り、喉が渇くのも事実である。



「休憩にしよう」



と、レンは水分補給をするため、近くにあった大きな木を指差した。

2人は頷き、その場所へと足を向ける。


時刻はちょうど朝と昼の中間だ。暑くなることはわかっていたため、早めに本部を出発したのである。


出発する前にもう一度シーナのところを寄ったが、変化はなかった。

ただ、微笑を浮かべた寝顔があっただけであった。グレンは夢を見ていると言っていたが、いったいどんな夢を見ていることやら……


人の心配を他所にどんな夢を見ているのだ、とレンは内心憤慨していた。

こちらは焦っているのに、起きたときにおはよう、と呑気に言われてしまえば肩透かしをしてしまうだろう。



「ぷはー!やっぱ水うめー!」

「全部飲んじゃだめですよ」

「あ?そんぐらいわかってらー」

「あ、そうですか」

「あそこからは……砂漠か?」

「そうです。ですが、あの砂漠を抜ければ水上都市トゥルークです。僕はあまり通りたくなかったんですが、この道が一番の近道なので我慢してください」

「だからこんなに暑いのか……あー、俺も目に汗入った……くー!いてー!」



と喚きながらギルシードは目をごしごしと擦る。相当ピンポイントで入ってしまったのか、目が充血してしまっていた。

ロイはそれを冷ややかに見つめながら笑っている。



「おい!何笑ってんだよ!」

「それ、さっきの水ですよ」

「水だ?!」

「頭から少しだけかけていたでしょう。その余韻が今頃伝ってきただけです」

「……」

「……ぷっ」



レンが思わず吹いてしまった後、ギルシードが大声で憤慨したのは言うまでもない。

その様子を少し顔に影を落としながらロイは見つめていた。

その顔は、2人を見ているようで見ていないようだった……



そして、砂漠に足を取られながらも歩き続けた一行。太陽が高く昇り地上を炎々と照らしていたが、それでもひたすら歩いた。

早く着いてしまえばそこはもうオアシス。そこに日没までには着きたい。夜の砂漠は冷える。そのため、砂漠なんぞのために時間を無駄にはしたくなかった。


そして、日が傾き始め太陽の顔が半分見えなくなった頃、一行は目的地に着いた。



「ここが、トゥルーク……」



レンとギルシードは唖然と上を見上げていた。高い城壁に囲まれ、中心には王族が住まう城。そして、大河が城壁の下を貫き水の音を響かせていた。

そして、城下町の規模が凄かった。


城門で手続きを済ませ中に一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だった。

まさに、砂漠のオアシス。

そこかしこには水路が張り巡らされており、船が行き交っている。その船は果物やら野菜やらが積まれては下ろされ積まれては下ろされ、と忙しそうにしている。

石橋が何本もその枝分かれした水路に掛かっていて、人々が買い物袋やらを持って歩いていた。



「ここは……凄いな」



レンが興味津々というように周りをきょろきょろとしながら言った。

家々もレンガ造りで華やかな色合いを作っている。煙突がにょきっとそんな家々から伸びているため、夜はやはり寒いのだ、とレンは思った。

一方、ギルシードはこれまた立派な噴水が林立しているのを呆然と見ていた。そこでは小鳥が羽休めのために水浴びをしている。


しかし、ロイはお構い無しにずんずんと歩いて行ってしまうのでじーっとは2人とも見られなかった。



「おーい、ロイ。どこに行くんだ?」

「僕が使っていた家です」

「家?!自分のやつだよな?」

「いえ、貸家です。多分今も主はいません」

「そうなのか?」

「旅に出ていますから。放浪癖があるんですよ」



と、心なしか暗そうな顔で笑みを漏らしたロイ。

そんなロイを見て、レンは思っていた。



(どうも、トゥルーク行きが決まってからロイの様子がおかしい)



ロイはここ、トゥルークに近づくにつれ表情が堅くなっているような気がするのだ。

無理やり笑みを作っているような、何かに引け目を感じているような……


ロイが観察していたことと何か関係があるのだろうか。



「実は、その貸家の主は僕の師匠でもあるんです」

「師匠?手品のか?」

「そうです。今も各地を転々としては手品を披露しているはずです。もしかしたらどこかで皆さんとすれ違ったかもしれませんね」

「いやー……手品師で知り合いっつったらロイだけだな」

「まあ、そうそう手品師に会う機会もありませんし」



と、ロイとギルシードの話に耳を傾けながら、レンは内心変だ、と思っていた。


誰かがそこかしこに潜んでいる。


しかし、気配からして人間のようだ。時折ちらっと動いているのが見える。それも、少人数ではなく、わりと多い人数だ。

その気配は城門で手続きを受けてからのもので、尾行されているような気がしてならない。



(ロイと何か関係があるのか?)



しかし、夜は明け辺りが明るくなっても進展はなし。

トゥルークを出るときも何も起こらなかった。そして、トゥルークから無事に出発できた今、ロイは明るい表情を見せている。



(思い過ごしか?)



尋常ではない異様さに警戒し過ぎたのかもしれない、とレンはその件はひとまず置いておくことにした。



そして、目の前に広がる大きな森に目を向けた。




「……ここに入らなきゃなんねぇのか」

「ですね」

「だが、ここで踏み止まっていても仕方ない。恐らく、影の世界にシーナの影はいるはずだ。ここからはずっとあっちの世界で行こうと思っている」

「ひゃー……ここからが修羅場なんだな」

「すでに待ち構えている可能性もありますね」

「おい、恐ろしいこと言うなよ。影の世界に行った途端お陀仏になんかなりたくねぇよ」

「なら、気を引き締めろ。向こうに情(なさけ)はいらない。正体がわかっている今でも」

「まあ、そりゃそうだ」



レンは意識を集中させた。他の2人も目を瞑る。

まもなくして、身体に響いて来た異様な空気に全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。