無事に健康診断が終わり、今は休憩中。




「……つーか、なんで健康診断なんかしたんだ?」

「それはただたんに個人情報集めだろう。それに、適応者は影の世界を行き来している。身体に異常が出るかどうかはまだ判明されていない」

「つまり、今後に活かすためでもあるってことですね」

「そういうことだ」




そして、ギルシードには疑問がもうひとつあった。



「なんでこうやって献血しねーといけねえんだよ!許可した覚えはねーぞ!」

「力のある者の血液は貴重だからよ。闇市では高値で売買されているところも珍しくないし」




そう、男3人は一緒に腕に針を射して献血中なのだ。

その様子を椅子に座って見守るシーナと監視しているルカンとグレン。




「あ、聞いたことあるぜ。結界を作んのに必要なんだろ?」

「そうよ。適応者なんだから気を付けなさいよね。いつ襲われても知らないから」

「で、なんで献血?」

「あら、もしかして知らないのかしら?」

「……んだよ」



フフン、と鼻で笑ったルカンに少し苛立ちを覚えたギルシード。

ぶっきらぼうに返す。



「適応者とそうでない者、血液型が微妙に違うってことよ。へー、知らなかったのね。ふーん」

「……うぜぇ」

「何か言ったかしら?」

「……なんでもねぇよ」



ルカンに歯向かうと痛い目に合うことを学んだギルシードは、うっかり口を滑らせたことを誤魔化した。


(……グレンがバロメーターだな)


ギルシードはルカンの心情をグレンを通して察知することを学んだため、怒鳴られずに済んだ。

つまり、グレンが青ざめたりあたふたし始めたりしたら、ルカンの気に障ったことになるということだ。

げんに、先ほどはグレンが肩をびくつかせたため、ルカンを怒らせずに事なきを得たのである。



「Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型、Ⅳ型があることは常識よね。それらにプラスをつけたものが、適応者の血液型よ」

「レンはⅠプラス型、ギルシードとロイはⅡプラス型、シーナはⅣプラス型だよ」

「げっ……こいつと一緒かよ……」

「失礼ですね。僕も同感ですが」

「てめぇ……」

「あら、血液型が同じ人は気が合うって言うものねぇ」

「……それとこれとは話は別だ!」



ギルシードは余程気に入らないのか、ロイを睨み付けている。

ロイはそれを軽く流しているが。



「そうそう、さっきの採血で性感染してるか、も検査したから」

「「「は?」」」



いきなりルカンの口から出た単語に声を揃えた男3人。

さすがのレンでも眉を寄せている。



「実は、ひとりだけいたのよ」

「「「……」」」




身を乗り出してルカンの言葉に驚く3人。それを気の毒そうにルカンは眺めている。

グレンも残念そうだ。



「おい、ちょっと待てよ……ひとりだけって」

「そうよ、ひとりだけ、ね」

「誰だ?」

「それは極秘よ。個人情報よ」

「俺か……?」

「さあ」

「ロイか……?」

「さあ」

「レンなのか……?」

「さあ」

「まさか、シー「彼女は潔癖に決まってるでしょうが!あのきょとんとした顔を見なさいよ!」

「……それもそうか。ちくしょー……誰だよ」

「ギルさんじゃないですか?軽そうですし」

「んだと?意外とレンだってやり手かも知れねぇぞ」

「……ギルシード、真に受け過ぎだ」

「は?」

「冗談に決まっているだろう」

「へ?」



ギルシードは口をハの字にした。

ロイは表情ひとつ変えずにルカンを見ている。

レンは溜め息を吐いてギルシードに言った。




「でなければ、こうやって献血をされることはまずない。嵌められたな」

「……嘘だろ?」

「……ふふっ、ふふふふふ。嘘に決まってるじゃないの!バカ?ねえバカ?少し考えればわかるわよ!あんたたちの、は?の顔があんまりにも面白くて笑いを堪えるのたいへんだったんだから!

……ってことは、心当たりがあるんだなって思って……おかしいったらありゃしないわよ!」



そのあとは涙が出る程ルカンは笑った。

一同がグレンをぎろりと睨むと、舌をぺろっと出して口パクでゴメン、と手を合わせられてしまった。



つまり、性検査の単語に反応。しかもひとりいるという。そこで一瞬でも焦るってことは心当たりがあり、そのときの表情でルカンはツボったということだ。

なんとも笑えない冗談である。

しかし、レンもロイもすぐに気付き、さらにシーナは話についていけずに蚊屋の外にいたため、結果的にはギルシードだけが嵌められたということになる。



「クッソ!俺はバカか!」

「だからバカって言ったじゃないの!」

「グレンも加担しやがって!許せねぇ!」

「ちょっと!グレンに当たらないでよ!あんたの浅はかな考えが招いた結果よ!性感染を甘く見てた結果なの!覚えときなさい」

「……わーったよ。今後気を付けるぜ」

「素直で宜しい。あー、久々に面白かったわ。献血も終わりよ、ありがとうね」

「……とんだ時間だったぜ」

「あんたたちの血液は結界に使われることもあれば、普通に輸血に使われることもあるわ。そこんとこよろしくー」



なんやかんやで診療所を出た4人。

なんとも変な時間だった。





ちょうど昼頃の時間に終わったため食堂まで直行することとなり、今は食事中。



「……頭がぼーっとしますね」

「だな。400mlも採られるとこんなんになるのか」

「あの……聞きたかったんですけど」

「なんだ?」

「セイカンセンって……何ですか?」



ぐっ……と喉に食事を詰まらせた男たち。

口を押さえて悶えている。



「ゲホゲホゲホ……バカ野郎!ここでその話題出すんじゃねえ!」



噎せながらギルシードが大声を出したため、周りから視線が寄せられた。

あ、すんませーん……と誤りながら小さくなる。



「……後で教えるから、今は謎のままでいてくれ」

「……はい」




レンにまでそう言われ、シーナもしおしおと小さくなった。

ロイは噎せてずれた眼鏡をかけ直し、平然を装って今後の事を口にした。



「皆さん、これからどうしますか?ずっと本部にいるわけにもいきませんし」

「……俺はランク上げをしてーな。金も稼ぎてーし。だからここを出て支所を転々とするつもりだ」

「僕もここを出たいと思っています。できればひとりで」

「なぜだ?」

「僕の中にはあるジンクスがあるんです」



ロイはいつもよりも声のトーンを落としてそう告げた。

皆の頭の上にハテナマークが浮かんでいるため、ロイは説明をする。




「僕の周りにはいつも問題が付きまとって来るんです。そのせいで家族は襲われ、危うく殺されかけました。だから僕は家を出たんです。そして、お金を稼ぎながら今まで生きて来ました」

「……でもよ、それとひとりで行動することと関係ねぇ「僕に関わると痛い目に会いますよ。だから、単独行動がしたいんです」



ロイは自嘲気味にふっと笑った。

その黒い瞳には、揺るぎない信念が感じられる。誰にも覆せない、何かが……

それを感じ取ったギルシードも、硬い表情をする。



「俺も、感じたことがあったから単独行動を取る。結局、俺には闇がお似合い、なんだよ。

この数日間は確かに楽しかった。けどな、俺にはどうも合わないんだ。こそこそと生きてきた生活から一気に変わり過ぎた。だから、時間が欲しい。無意識に人を疑って見る癖がついちまってるんだ。例えば、あいつは俺を良く思ってないな……ってな。

俺は、そんな自分を直したいんだ。信用できねーから強い口調になっちまう。そこが、どうもな……」



食べる手を止め、それぞれが胸の内を明かしていく。

そこだけ重い空気が漂っているようだ。



そのとき、シーナもおもむろに口を開いた。



「わたしも……ひとりになりたいです」

「シーナ?」



レンが驚いたようにシーナを見た。

シーナはその瞳からいったんは逃げたものの、今度は真っ直ぐに見つめ返す。



「わたし……強くなりたいんです。ずっと皆さんに助けられてばかりで、情けないなって思ってました。皆さんに頼ってばかりだったんです。踊り子として働いていたときも、団長に頼ってばかりで、自分って何がしたいんだろう?と悩んだときもありました」



一生懸命に言葉を紡ぐシーナ。

そんな彼女の青い瞳を、3人は静かに見つめる。



いつか団長が話していた。シーナは自分のことを理解していないと。自分がわかっていないと。

自我があるとか、ないとか、そのような話ではなく、自分に興味がなかったのだ。

自分の気持ちを把握できていない純白な心。でも、綺麗過ぎてどう扱えばいいのか持ち主ですらもわからない。

壊れることを恐れていては、何もできはしない。



シーナはここ最近……特にレンと出逢ってから感情が表に出るようになってきた。

以前は人形のように規則的な生活しか送られていなかった彼女に、自由が与えられた結果だ。

踊らなくてすむようになり、もっと自分と向き合う時間が増えた。



団長から離れたことは、良い結果を招いたのだ。





「だから、旅をしてもっと世界を見てみたいんです。そして、自分にできること、やりたいことを見つけて、誰かを助けたいんです。

もちろん、ブランチのお仕事をしながら、ですが。わたしは支えられる側ではなくて、支える側にもなれるようになりたいんです」

「……わかった。シーナの希望は無下にはしない。しかし、ひとつだけ条件がある。それは皆も同じだ」

「なんだ?」

「……2年だ。2年後、ここにまた集まること」




2年……2年経てば、絶対に何かが変化しているはず。

それに、2年後ならランクもそれなりに上がっているだろう。



「2年、か……」

「長いようで、短いんでしょうね」

「……よし。俺は明日ここを発つぜ。だから今日は飲むぞ!」

「いいですね。久々に飲みたいです」

「おいおい、お子様だろ?酒飲めないだろうが」

「僕はお酒飲めますよ?」

「はあ?前令嬢たちに誘われたときに未成年だっつってたじゃねーか」

「よく覚えてましたね。あれは嘘ですよ。誘われたらああやって断ってるんです」

「……ちっ。さりげなく自慢すんじゃねーよ」




今夜はどうやら盛り上がるらしい。