カチャカチャと食器のこ擦れる音が聞こえる。
そして、ところどころから上がる笑い声や話し声。
……そして、そこに難なく溶け込んでいる3人。
「……やはり、無理でしたね」
「野宿の時は平気だったが」
「それは多分、彼なりに気を張ってたんだと思います。いつ襲われるかわからなかったので」
「……あと十分ですけど」
「自業自得ってやつですよ。シーナさん、風邪はもう治りましたか?」
「あ、はい。薬を飲んだのですっかり治りました」
たまたま起きた時間帯が同じだったため、こうして食事を共にした彼ら。
レンは数人から声をかけられ、懐かしそうに話をしていた。
……と言っても、レンの表情は相変わらず代わり映えがなかったが。
「あと五分……」
「あ、来ましたよ。寝癖がありますけど」
「……間に合うのか?」
「本人次第です」
ギルシードは食事を受け取る窓口でそそくさと朝食をもらうと、一目散に3人のいるところに歩いて来た。
「よく一瞬で場所がわかりましたね」
「おい、俺はもと盗賊だぜ?観察力は良いんだ」
「体内時計は狂ってるみたいですが」
「うるせー。これ以上喋らせるんじゃねぇよ!」
早くしないと食堂を閉められてしまうため、ガツガツと食べ始めるギルシード。
そんな様子を、シーナは唖然として見ていた。みるみるうちに空っぽになっていくお皿。
ギルシードが少し制限時間をオーバーしたものの食べ終え、食堂のおばさんたちにお礼を言った後ぞろぞろと歩く。
「あんなに早く食べたのは初めてだぜ」
「あなたみたいに早く食べた人を初めて見ましたよ」
「そりゃ良かったな」
「……」
「この後健康診断があるから、十時にこの部屋に集合だ」
「……診療所ですか?」
「そうだ。ここに来るまでのルートは覚えておけ」
レンが立ち止まったところは診療所の前。清潔そうな白いドアが壁にある。
壁についているプレートには準備中、と書かれている札が入っていた。
「それまで解散だ。迷うなよ」
「迷う迷わないの前に、この建物の中を把握してしまえば良い話です」
「広いぞ?」
「記憶力は良い方ですので」
「俺もー」
「となると……」
男3人にちらっと見られ、むっとしたシーナ。
「ま、迷いません!」
「ホントか?」
「はいっ!」
「声裏返ってんぞ」
「うっ……」
「俺がついているから平気だ……あまり目立ったことはするなよ。呼び出しをくらうぞ」
ひそっと告げられた言葉にゾクッとしたギルシードは、んじゃな、と言ってそそくさと歩いて行った。
ロイもお先に、と言ってギルシードとは逆方向に歩き出した。
「……どこに行きたい?」
「どこでも良いですけど……あまり人のいないところがいいです」
「……難しいな。あ、養護施設に行くか?俺も久々に行きたいしな」
「そこで良いです」
本部と施設は直結しているらしく、渡り廊下を歩く2人。
驚く程静かだ。
「そう言えば、子供はいませんでしたよね?」
こうやって直結していれば、食堂に子供たちも食べに来ると思ったシーナ。しかし、今朝は見当たらなかった。
「施設にも食堂がある。というより、全てが揃っている。診療所、浴場、教室……あくまでも極秘事項だからな、外部に漏れないようにしているんだ。ブランチの者でも知らない者の方が多いだろう」
「へえー……わたしなんかがそんなところに行っても良いんですか?」
「きみだってまだ子供だろ?」
「……子供じゃありません」
「俺からしたら子供だ」
にこりと笑ってそう言われれば反論できない。この鈍感男は未だにシーナをひとりの女性として認識していないようだ。
子供扱いされたことと気づかれないことにふて腐れ、ツンとそっぽを向く彼女。
レンはそれをおかしそうに眺めた。
渡り廊下を歩ききると、ドアが見えて来た。
それを開けると、本棚がずらりと並んでいる。
天井にまで届く程の本棚に、大小様々な本がびっしりと犇めきあっていた。
少し埃臭い。
「図書室……?」
「いや、これはカモフラージュだ。間違えて一般の人が入ってもバレないようにしてある。まあ、ここまで来る物好きはあまりいないが」
「……古そうな本ですね」
「ここにしかない本もあるからな。基本はこのまま放置だが、資料が必要になったときは使うときもある」
シーナが上を向きながら歩いていると、目の前を歩いていたレンの背中にポスッとぶつかる。
顎に軽く当たり顔をしかめた。
レンがいきなり立ち止まったことに不快感を持ったからだ。
「どうし……」
シーナが声をかけようとしたとき、レンがその口を塞いだ。そして、振り返り自分の唇に人差し指を当て、静かにするように合図する。
「ここからは秘密の通り道だ。声を出すなよ」
小声で言われ、こくこくと首を振るシーナ。そんな彼女から手を離すと、床にあるタイルを少し持ち上げたレン。
そこには床ではなく、暗闇が広がっていた。
どうやら地下を通るらしい。
レンが先に降りると、シーナも続いて降りた。
下に降りてみると、意外にも灯りが灯っていた。上からではちょうど死角になっていて見えなかった場所だが。
レンはタイルを動かし、穴を塞ぐ。
地下はトンネルになっており、高さもわりとあった。先には分かれ道が見える。
「分かれ道があるだろ?あれのどちらかは行き止まりだ。ここは迷路みたいになっている。誰が掘ったのかは誰にもわからないが」
「ちなみに、分かれ道はどちらに行けば良いんですか?」
「どちらだと思う?」
「……右」
「左だ」
「……」
レンはそうやって、分かれ道に差し掛かる度にシーナにどちらかと聞いた。
シーナの答えは……どれも外れ。
「極度の方向音痴なんだな」
「……そんなの自分がよくわかってます」
「……ふっ……それもそうか。このドア開けてみろ。目的地に着いた」
シーナの言葉でレンは少し笑った後、ちょうど見えて来たドアを指差す。
レンが示したのは、行き止まりの壁に埋まっているドア。重量感のある材質でできている。
シーナは言われた通り取手に恐る恐る手をかけると、えいっと前に押した。
すると、急に明るくなったため目をしばしばとさせる。
「……おや、誰かが侵入してきたと思えば、歴代ナンバースリーに入る問題児じゃないか」
「……ナンバーワン、の間違いじゃないですか?」
「あははは!ワンになりたいのかい?残念だったねぇ。もうすでになってるさ」
「……それはどうも」
しゃがれた女性の声が聞こえて来たため、ゆっくりと瞼を開けるシーナ。
そこには、目にしわを寄せて笑っている年配の女性がいた。
「ところで、その子は?」
「俺の妹です」
「……冗談はおよしよ。あんたに妹なんていないじゃないか」
「義理の、ですけど」
「……ほう、義理の、ね。歳は取るもんじゃないね。こんな仰天ニュースを聞くことになろうとは。子供の頃の方がよっぽど大人だったんじゃないのかい?」
「……それは褒めてるんですか」
「んー……貶していると言ってもいいかもねぇ。ま、久しぶりの再会だ。楽しい話をしようじゃないか」
「生憎、時間はあまり無いので」
「そりゃ残念。で、何の用だい?」
「彼女が施設が気になるみたいだったので」
スピード感のある会話に耳をすませていたが、急に自分のことが話題に上がり、ビクッと肩を揺らしたシーナ。
興味深そうに女性に見られ、居たたまれなくなる。
「彼女も、ブランチかい?」
「昨夜申請させました」
「そうかい。あたしはジェムニ。あんたは?」
「シーナです」
「もともと何をやっていたんだい?」
「踊り子です」
「ほう。どうりで身体つきがしなやかなんだね。背筋も延びてるし……あ、ここは運動場でね。見てごらん」
ジェムニによって遮られていたが、その影がなくなり部屋の全貌が見えた。
そこにはだだっ広い空間があった。
石造りの壁と床。なぜ石造りなのかとじろじろと眺めていると、ジェムニが説明してくれた。
「ここも、あんたたちが通ったトンネル同様過去の遺物さ。どこにもこれに関する記録はない。あり難く使わせてもらっちゃいるがね。
今はちょうど子供たちは勉強中さ。あたしは侵入者の気配を追いにここまで出て来たってわけ」
「それはわざわざすまない」
「まあ、レンだとわかって出て来たんだ。気に病むことはない。ところで、時間は平気かい?」
「……そろそろ出るか。また時間があれば来ます」
「いつでも待ってるさ。いつまでもいるわけじゃないけどね」
「縁起でもないです」
「あははは……あたしも歳だからねぇ。早めにまた会いに来てほしいもんだ。さあ、行った行った。あたしも暇じゃないもんでね」
「では」
「お邪魔しました」
2人が運動場からトンネルへと出ると、静かにドアを閉めたジェムニ。
最後の最後まで見送ってくれた。
ドアに背を向け歩き出す。
「そう言えば、勉強ってどんなことを習うんですか?」
勉強というものを体験していないシーナにとって、気になる単語だった。
「言葉の読み書き。後は医術や剣術、数学。そして実技」
「実技?」
「魔物との戦闘、だ」
「え……」
「人工的に魔物を呼び寄せ、そこで実戦をする。あそこには藪(やぶ)があれば森もあるし、池もある。いろいろな環境を地下で作り出し、地上と同じ環境……つまり、影を作る」
「随分と大掛かりなんですね」
「子供たちはまだまだ未熟なため、地上に出ればたちまち奴等の獲物になってしまう。いくら極寒の地であっても、獲物が豊富であれば過酷でも奴等は生き延びるだろう」
「……子供たちには力があるけれど、まだ使いこなせていないからってことですよね」
「そうだ。実力のある大人の監視下にあるから、ある程度の危険な実戦も可能だ」
そうこう話しているうちに、地上に戻った2人。レンが持っている時計を見ると、あらぬ方向に針が向いていた。
「やはり地下では時計が狂うか……仕方ない。急いで診療所に戻るぞ」
「あ、はい」
どうやら地下では磁場が発生しているらしく、時計がこうやって狂ってしまうらしい。
そのため、地下では時刻を確認できないのだ。
急いで戻ってみると、時間ぎりぎりだったらしくギルシードとロイがすでに待っていた。