賑やかな街の中心。

男がひとり、その通りを見物しながら歩いている。紺の短髪に黒い瞳。背中には何やら長くて太い物を携えている。

しかし、布が巻かれておりその全貌を窺うことはできない。




ふと、男が立ち止まる。その視線の先には、可憐な踊り子がひとり、リズムに合わせて身体を飛躍させていた。

特別気になったわけではないようで、すぐに足を進める。



(あいつ、軸足を挫いたな)




実はその踊り子、踊っている最中に片足を挫いてしまったのだ。本人は悟られないように必死に平然を装っているが、男はそれを目ざく発見した。


しかし、男はちらっと見ただけで立ち去る。



続いて立ち止まったのは、手品師の前。観衆が多いため、興味が湧いたのだ。



箱に入ったひとりの女性、そこに次々と剣を刺していく。剣が増える度にわき上がるどよめき。

手品師の男がスティックで箱を叩いた後、箱を開けた。そこから先程の女性が笑いながら出て来た。安堵する声と囃(はや)すような指笛。



(なるほど。スリルがあって面白い)



男はその後も見ていたかったが、踵を返そうとした。しかし、見知らぬ小柄な男性と不覚にもぶつかってしまった。




「これはこれは失礼しました」

「いや、こちらこそ。気にするな」



思ったよりも若い声だった。フードを被っているため顔がよく見えない。

男性は謝罪をすると、そそくさと立ち去った。


男はほくそ笑む。



(どうせスリ目的だろうが、生憎俺は盗られるようなタマではない。他を当たるんだな)




どうやら先程の男性は財布を盗ろうとして、男とわざとぶつかったようだ。

しかし、その魂胆を見抜いた男は上手くやり過ごした。




男はその後も足を進め、目的地に着いた。

そこは、一軒の居酒屋。だが、ただの居酒屋ではない。

男は扉を開ける。カランと来店を報せる鐘が鳴った。



「らっしゃい……おや、随分と久しぶりなヤツが来たもんだ」

「久しぶりだなマスター。元気そうだな」

「お陰さんでな。最近はガッポリよ」




お店の中にはカウンターとテーブル席がある。

マスターと男に呼ばれた男性は幾分歳を取ってはいるが、頑丈な身体つきをしている。


マスターは男に話しかけられ、指でコインの形を作った。




「では、俺は必要ないな」

「おいおい、冗談はよせ。おまえさんのお陰でもあるんだぜ?」

「それはどうも」




男はカウンター席に座る。マスターはそんな男の前にコインを示した指をずいっと寄せた。



「……誰もいないな」

「ここ近辺にも出現したからな。みんな出払っちまった」

「そうか。どんな被害だ?俺は今日ここに着いたばかりで何も知らないんだ」

「おお、そうか……被害はな、女拐いだ」

「随分と趣味の良い奴等だ」

「笑い事で済まされないからこうやって出払っているんだぞ?」

「まあ、そう怒るなって」




指ではなく今度は顔をずいっと男に寄せたマスター。男は苦笑いをする。




「まあ、確かに趣味が良いのは認めるがな。目があると言ってもいい」

「……誰が拐われた」




自然と小声になる二人。ひそひそと話す。




「この街の貴族の娘だ。その父親が今回の最初の依頼人。さらに、他にも被害は出ている」

「……なるほどな。だからガッポリか」

「あたぼーよ。これだぜこれ」

「わかったよ。そう近づけるな」

「ちぇっ」




マスターは今度は顔と指を近づけて来たため、男は見るからに嫌な顔をする。




「……俺もやるか」

「お、やるか?おまえさんがやってくれるなら、百人力だ」

「そんなに強くねぇよ」

「またまたー、やる気満々じゃねぇか。言葉遣い、戻ってるぞ」

「……やはり、無理か。止めるか」

「しかし、いつまでも子供の頃と同じ口調じゃ、容姿と釣り合わんぞ」

「だよな……続けるか。奴等はどこに?」

「夜に噴水広場付近だ。そこがヒートスポットになっている」

「今夜行ってみる。情報ありがとう」

「こちらこそ、金ありがとう」

「……確定事項なのか?」

「漆黒のレンに任せれば、どーんと来いってな!」

「……」




この男……改めてレンは、苦笑しながらもお店を出る。後ろでカランと鐘が鳴った。



彼は、宿を目指すため歩き出す。荷物を広げ、必要物資を確認しなければならない。




(しかし、奴等もこんな人手の多いところに現れたのか……深刻だな)



レンは難しい顔をしながら通りを闊歩する。


また、あの踊り子の踊っていた前を通りかかる。彼女はすでに交代し、別の女性が踊っていた。

しかし、彼女は人気があるのだろう、先程よりも人が少ない。


彼女は今日は踊れないだろうと思いながら、レンはそこを通り過ぎた。




やがて宿に到着し、自分の部屋へと足を踏み入れる。




「ふう……」




息を吐き出し、緊張を解く。




(ざっと回っても、かなりの数だな。なぜここを狙う……?)




レンは奴等の気配を確認していたのだ。奴等は昼間は影と同化し人の目を欺き、夜に活動を始める。

昼間も行動できるようだが、そんなことをすればたちまち人間によって駆逐されてしまうため、滅多に姿を現さない。



奴等は、知恵を持っているのだ。




と、レンのポケットがもごもごと動き始めた。




「ああ、すまない。窮屈だろう」



レンは何かにそう言うと、ポケットに手を突っ込み取り出した。

その何かとは、小さな白いネズミ。



そのネズミはテーブルの上に出されると、テテテテ……と歩き始めた。もはや足が短すぎて、走っているのか歩いているのか見分けがつかないが。




レンはそんなネズミを放っておき、荷物をがさごそと確認する。

大きなバッグに入っているのは、テントやランプ、洗面道具に非常食など。

彼はこうした大きな街に来た場合は、荷物を確認し、足りない物は買い足すのだ。



彼は旅人。相棒はこの白いネズミと黒い馬。馬は宿の近くにある馬屋に預けた。

この荷物は積み荷として馬に運んでもらうのだ。



(……足りない物は、水か)




飲み水が足りないことに気づいた彼は、ネズミをまたポケットに入れると、街へと繰り出す。

ちょうど、夕暮れ時になっていた。



(噴水の近くに井戸もあるだろう。一石二鳥だ)



彼は戸締まりを始めた通りを眺めながら、ニヤリと不適に笑った。