「うるさい、マスター」

「いやだってよ、まさに運命としか言いようがないじゃねぇか」

「たまたまだ」

「へぇー。そんな関係だったんですね」

「いや、違う」

「運命の赤い糸ってやつか?」

「断じてない!」





隣が騒がしくてだんだんと頭が覚醒していく。それにしても、何の話をしているんだろう……


うう……と声を洩らし顔をしかめると、女性の声が喝を入れた。




「うるさいのは、レンちゃんよ!男共はあっちに行ってなさい!」

「え、俺だけなのか?」

「つべこべ言わず行った行った!病人の側でお喋りしないの!」

「あ、ちょ……おばさんこそ、声が「なぁんか言ったかしらぁ?」

「いえ、なんでもありません……」




ドスの効いた女性の声が響くと、辺りは静かになった。そして、そそくさと歩く足音。

代わりに近づいて来たのは、忍び足で歩く誰か。




「ごめんなさいね、折角起きたっていうのにタイミングが悪くて」

「気づいてたんですか……」

「一生懸命寝たフリをしているのがひしひしと伝わって来たわよ。それなのに男共ったら……」

「いえ、あの……ここはブランチの居酒屋ですよね?」

「そうよ。2階にあるベッド。客室だからそんなに広くないけど我慢してちょうだいね」




どうやら、その客室のベッドに寝かされているようだ。確かに広くはない。ここに何人もいたのかと思うと、窮屈だったのだろうなと思う。

もっと部屋の中を見ようと首を動かすと、うっとなり動けなくなった。なぜなら、ピリッと走った痛み。その痛みはヤバい気がして動けなくなったのだ。

他にも、動かしてはいけないのだろうと思った。布団で見えないけれど、きっと包帯やら湿布やらでぐるぐる巻きにされていることだろう。




「まあ、動いちゃダメよ。傷はないけど打撲とか捻挫とかたくさんあるんだから」

「そんなに……?」

「ええ。レンちゃんが血相変えて訪ねて来たと思ったら、あなたがぐったりしているんだもの。ビックリしちゃったわ。ホント、目立った外傷が無くて良かったわよ」




打撲や捻挫も十分目立った外傷だと思ったけれど、黙っておく。それすらも億劫に感じるからだ。

はあ、とため息をついて動かした首を少し戻す。




「そうよね。疲れているわよね、心も身体も。襲われたと思ったらコレだもの。まだ寝ていていいのよ?」

「寝ることしかできませんけど……」

「まあ、そうね。お腹は空いてない?」

「色々ありすぎてお腹いっぱいです……」

「あらまあ。それはたいへんね。もしお腹が空いたら呼ぶのよ?誰かしらは下にいるから」

「はい……」

「おやすみなさい」




たぶん、声を出しても小さすぎて聞こえないだろうなぁ、と思う。

部屋から誰もいなくなったから、身体の力を抜いた。元気だと見せつけたかったからだ。でも、それは痩せ我慢でしかなくて、ため息がたくさん出てしまう。



足も、腕も、頭も動かない。これじゃダンスも踊れない。最近あまり踊れていないから、人前で踊れなくなってしまう。

でも、好き好んで人前で踊ってるわけじゃないけど……


団長、今頃心配しているだろうな。クルエがきっと伝えに行ったはず。そうなると、どうなっちゃうんだろう。ビラ配りもできないから、テントでずっと待機していなくちゃいけないのかな。

でも、あと2日しかないのに、こんなに休んでいたら迷惑だよね。仕事しないと、足手まといになっちゃう。

窓もカーテンが閉まっているから、外の様子が全くわからない。昼なのか夕方なのか、明るいのだけはわかるけど。


はあ、とまたため息をついたとき、布団から微かな音が聞こえた。気のせい?と思ったけれど、生憎首は動かないし……

すると、ちょろっと見えた尻尾でクスクスと笑ってしまった。



「ティーナもお見舞い?ありがとう」



そう声をかけると、バレたか、とでも言うかように布団の上から顔を出した白いネズミ。

でも、顔に乗って来たから焦る。



「え、ちょっと……ティーナ、見えないんだけど……」



わたしの顔に飛び乗ったティーナはしばらく歩くと、瞼の上に乗って来た。慌てて目を瞑ると、そこで動かなくなる。こんな体験初めてだから変な感じだ。

けれど、ふと思い立った。




「もしかして、寝ろってこと?」



返事なのか、尻尾がちょろっとわたしの頬を撫でた。どうやら当たったようだ。



「わかったわ。おとなしく寝るわね。でも、退いてくれないかしら。気が散るもの」



そう願うと、そこから退いてくれた。温もりが無くなり、なんとなく寂しく感じる。

目を開けると、ティーナはどこにもいなかった。しかし、今度は耳元に尻尾が当たった。首を動かせないから確認はできないけれど、たぶん、この間と同様に添い寝してくれるようだ。

わたしは安心して目を瞑る。



でも、起きたらまたいないんだろうな……



そんなことを思いながら、深い夢の中へと引き込まれて行った。