わたしは、拾われた。

いつ、どこで、なんて、覚えていない。

ただ、寒かった、としか感じていなかった。

けれど、突如として現れた温もりは、今でも覚えているような気がする。



その温もりこそが、団長であり、わたしのお母さん代わりとなる人。



成長して自分の生い立ちを知りたくなる年頃になり、一度だけ聞いてみたことがある。




『わたしは、誰だったの?』




わたしはその当時バカだったから、そんな訳のわからない質問を団長に投げ掛けた。

そのときの団長の顔は、忘れられない。




『誰でもありませんよ。シーナはシーナで、わたしの娘です。家族です。だから、決して自分を見失わないでください』




団長は、寂しそうに笑ってそう言った。正直、その言葉の意味なんて、わからなかった。

けれど、今ではわかるような気がする。



その言葉の意味は、『あなたはひとりじゃない』ということなのだと、わたしは思う。

この先困難はいくらでもあるだろう。けれど、それをひとりで抱え込まず、相談したり、曝け出したりして、自分の弱みを他人に見せるのだ。

弱みを見せないと、どんどんとその深みにはまっていってしまう。



だから、団長にはなんでも話すようにしていたけれど、今回の件は別だ。

襲われた、なんてとてもじゃないけど言えない。しかも、それは人じゃないと言ったら……



悲しい想いを、させてしまうから。







「団長、おはようございます」

「あら、シーナ。今日は早いですね……また、寝不足ですか?具合でも悪いのかしら?」

「いいえ……そんなことはありません。たぶん、疲れているんだと思います」

「疲れ、ねえ……それだけならいいのだけれど。でも、無理はしないのよ?良い?」

「はい。なので、今日も……」

「ビラ配り、ね?そうね、そうしなさい」

「すみません。ありがとうございます……」




内心謝罪の言葉でいっぱいだけれど、許して欲しいと思う。

それだけならいいのだけれど、という言葉に少し反応してしまったけれど、でも、我慢した。

本当に心配そうな顔をされるから、チクリと胸が痛む。



朝早くに訪れたのは、踊り子のテント。早いせいか、団長以外誰もいなかった。

団長は、わたしたちの母親のような存在だ。と同時に、厳しい先生でもある。

彼女は、そんなに若くない。歳は誰も知らない。教えてくれないのだ。聞いても、あなたたちよりは上よ、と笑って言うだけ。



しかし、色々と憶測すると、最年長の踊り子が25歳。でも、その子が最初の踊り子ではない。その踊り子の話によれば、まだまだ先輩方はたくさんいたという。

要するに、団長は最低でも定年を迎えているということだ。つまり、60歳以上。

しかし、その歳を感じさせないパワフルさ。そのため、団長の歳は神秘のベールに包まれている。



少しわたしが仮眠を取っていると、続々と踊り子たちが帰って来た。

みんな、活気に満ち溢れている。

それもそうだろう。何せ、この街に滞在するのはあと2日なのだから。


ゴールが見えて来たというだけあって、やる気満々な空気が漂っているテント内。

そのおかげで目が冴えてしまい、仮眠どころではなくなってしまった。伝染する緊張と奮い立っている身体。

わたしたちは、今日も踊る。




「さあさあ、みんな集まりましたか?怪我をしている者もいませんね?」

「団長、昨日階段で足を滑らせてしまったんですが……」

「あらまあ、それはたいへんね。シーナと一緒にビラを配ってくれないかしら」

「はい。すみません……」

「仕方ないことだから、謝らないでクルエ。ビラ配りも立派なお仕事よ。では、今日も頑張りましょう!」




団長の掛け声で始まる今日という日。

それが、わたしたちの日課。そして、生きる糧。

時々、団長がいなくなったらどうなるのだろうか、と思う時がある。

そう考えるのはアブノーマルな発想だけれど、でも大事なことだから心配になってしまう。


団長がいなくなったら、最年長の踊り子がその代わりになるのかな。

それとも、解散になるのかな。そうしたら、就活をしないといけないな。

お仕事は、やっぱり身体を存分に発揮できる仕事がいいな。


などなど、綱引きのように答えが出て来てしまう。そして、ハッと気づくのだ。

家族がいなくなると、こうも自分のことばかり考えてしまうのかと。


団長がいる今、心配していることは、彼女を安心させること。不安要素を微塵も与えてしまわないように気をつけている。

けれど、その団長がいなくなったとき、考えることは自分のことばかりだ。そして、やがてはその顔も、声も、温もりも忘れてしまうのだろう。

そのことに、わたしは悲しくなった。人間には寿命がある。先に死ぬ者がいてもなんら不思議はない。

けれど、生きて欲しいと切に思う。そんなものはその人のエゴにしかならないけれど。

自然の摂理は常に正しく機能し、運命を与える。その運命に逆らった時、残るものとは、いったい何なのだろうか。





「危ない!」



近くで、そんな声が聞こえて来た。物思いに耽りすぎて、周りがまったく見えていなかったのだ。

周りは騒然としていた。クルエの泣きそうな顔が頭上にある。


何が、あったんだろう。動かない身体。霞む視界。確か、ビラ配りの途中なはず……

動かそうとしても、ぴくりともしない。


側からどうどう……と何かを鎮める声が聞こえる。それと共に、ブルルル……と馬の嘶きも。




後で聞いた話だが、ぼーっとしているわたしに暴走したその馬が体当たりをしたのだそうだ。

幸い、ふんずけられなかったもののその威力は凄まじく、踊り子としての軽いわたしの身体は宙に舞ったという。


そして、酷く身体を打ち付けた。一瞬意識が飛んで動かなかったようで、死んだのではないか、と周りは酷い静寂に包まれた。

それでも、駆け寄ってくれた仲間のクルエ。彼女の行動に我に返ったのか、馬を鎮め始める男たち。



わたしは疲れと特に足首の痛みから、目を閉じる。眠くて眠くて堪らないのだ。

クルエが何か叫んでいるけれど、それも聞こえない。



誰かに抱き抱えられ身体が宙に浮かんだところで、わたしの記憶は途切れた。