「……言ってないわよ。言えるわけないじゃない。さっきも言ったけど、わたしたちは偉くないのよ」

「偉くないんですか?家族って平等だと思ってたんですけど……家族の中でも階級があるんですね」

「え、階級なんてないわよ。ただ、お父様が一番偉いとか、お母様がその次だとか、そんな話よ」

「そうなんですか……なんだか難しいですね」

「でも、外では威張ってるわたしたちだけど、家の中じゃ猫被ってるのは事実よね」

「そうね。言いなりよね、全部。我慢してでも受け入れないと、家を追い出されるかもしれないし」

「それなら、そう言えばいいじゃないですか」




何も知らないシーナと、何もかもが嫌になっている令嬢たち。

そんな彼女らの思考が交差するとき、道は拓かれるのかもしれない。外部から見た内部の状況は、客観的にしか見られないこともある。




「そう言うって?」

「我慢しないといけないこの家から出て行ってやるって言うんですよ」

「そんなの無理よ。ひとりで生きていけないもの」

「だって、家出したいって……家出ってことは、家を出て行くのと同じことですから、ええっと……その……」




3人に見つめられ、目を泳がせるシーナ。言いたいことはなんとなくわかっているのに、それを言葉にするとなると、途端にわからなくなってくる。



「つまり、あなた方が望んでいることと心配していることに、矛盾が生じているんですよ」

「矛盾?」




青年が考えあぐねいているシーナの代わりに説明をする。

わかっていないのは、彼女ら自身だけなのだ。




「望んでいることとは、家の束縛から逃げること。心配していることとは、家から束縛を解かれてしまうこと。そんな感じなんですよ、あなた方が言っていることは。

両方とも意味は同じことなのに、するかされるかという違いだけが、あなた方に矛盾を生じさせている。少し考えればわかることです」




青年は最後、皮肉っぽく締め括ると彼女たちを見据える。これでわからなかったらまだまだお子さまだな、とでも言うかのように。

青年の言葉を反芻していたのか、押し黙っていた彼女たちだけれど、だんだんと理解してきたのか、表情が変わってきた。

そして、ひとりが叫ぶ。そして、次々と広まる。



「バッカみたい!こんなことにも気づかなかったなんて!」

「もう!損した気分だわ!」

「恥ずかしいったらありゃしない。家出なんて、やーめた。早く帰りましょう?」

「そうね。家出なんていつでもできるもの。でも、家に居られる時間は限られているものね」

「お嫁さんになったら、帰りたくても帰られなくなっちゃうし。でも、これからはもう猫なんて被らないわ」

「被っても何ひとつ良いことなんて無いもの」

「ごめんなさい……変なんて言って。わたしたちの方がよっぽど変だったわ。気づかせてくれてありがとう」

「い、いいえ!わたしこそ、家族やお家の話が聞けて良かったです」

「んじゃ、とっとと帰れー。居候されていた身にもなれってんだ」

「はーい。おとなしく帰りますよ」

「報酬期待してるんだからなー」

「報酬?そんなもの、ドーンと増やしてあげますよ!お金なんて有り余ってるんですから!こんなに要らないって言われるぐらい用意しますよ」

「助かるわぁ!あなたたちを探して来て、と依頼した人は多かったのよ。皆さんに行き渡るからもう、大助かりよ!いってらっしゃい。いつでも大歓迎だからね!」

「はい!こんな遅くまで付き合ってくださってありがとうございました。またお会いしましょうね」

「さようなら」

「また来ますね」




彼女たちがドアから出た瞬間、ため息のコーラス。どうやら、皆さんお疲れのようで。



「俺たちも帰るか。今何時だ?」

「……知りたいのか?聞かない方が良いぞー」

「は?教えてくれりゃーいいじゃんかよ」

「……3時だ」

「朝の、だよな?」

「それ以外にあるかよ。あーくそ。言った俺にも睡魔が……」

「ちょっと!みんなここで寝ないで!寝るんだったらお風呂に入ってちょうだい!」

「くーっ……くーっ……」

「お嬢ちゃんもよー!寝るの早いわ!わたしの話を……聞いて……くれないのね……もう、わたし知ーらない」




忠告を聞く間もなく、そこかしこで寝息が聞こえて来たため、奥さんはふて腐れて2階へと引っ込んで行った。

椅子に座ったまま項垂れ、爆睡する者、床に座り込み窮屈な体勢で寝る者、テーブルに突っ伏して眠る者など、様々な形で眠りについた夜更かしな彼ら。

しかし、動物は動物でもさすが小動物。ティーナだけはレンのポケットから這い出て床をテテテテ……と歩き出した。

どうやら睡眠時間が短いらしい。


テーブルの上にゴロンと乗っているレンの頭をふんずけてみたり、シーナのフードの中でもぞもぞと動いてみたりやりたい放題な1匹のネズミ。

餌はないかと探しに行った頃には、辺りは薄暗くなっていた。

そして、太陽が顔をほんのりと出したときに、ひとりの女性がむくりと起き上がる。





「お風呂入らなきゃ……あと、ご飯も食べなきゃ……時間に間に合わなくなっちゃう。寝ている場合じゃないんだった……急がなきゃ……」



と、独り言をもごもごと言いながらフラフラと出て行く彼女。

しかし、彼女の目の下にはすでに隈ができていた。それでも、踊り子としての体内時計と精神は正常に機能しているらしく、ひとりで宿に戻って行くその後ろ姿からは……






彼女の身に降りかかる最大の事件は、微塵も感じられなかった。