「でも……皆が私を、必要としてくれた」

「……」

「助けてくれた。だから……今度は私が助ける番」



自分ってなんなんだろう。生きる価値はある?意味はある?

違うよレンさん。価値も意味も自分で決めちゃダメ。

そもそも、決まってないんだから。見つけるものなんだよ。価値も、意味も。



「だから……」



今まで怠くて上げられなかった腕を上げて、ナイフを持っている彼の手にそっと重ねる。



「自分はどうしたいのか……よく考えて。あなたの望みはなに?存在意義に惑わされないで。自分で考えてみて。あなたはあなたなんだから」



もう、彼から放出されていた毒気は消えていた。おかげで言葉がちゃんと繋がる。

心も、繋がればいいのに。



「俺は……あいつには要らない感情。あいつは怒らない。憎まない。俺の存在を認めなかった。自分は優しいやつなんだって過信してた」

「うん」

「でも、本当は全然違う。ヴィーナスと仲良く話している他の男に嫉妬していた。上手くいかないとき、自分を憎んでいた。だがそれを周りにはおくびにも出さずに感情を殺して平然としていた。

それは、俺にとっては存在を否定されていたのも同じことなんだ」

「うん」

「俺はそれが許せなかった。そんな女々しいやつには制裁が必要だと思って、俺は離れた。

俺がいなくなってどうだ?苦しいか?怒りたいのに怒れない自分に嫌気がささないか?ってな。

だが、そんなのは俺の我が儘に過ぎなかった。俺がへそを曲げたせいでヴィーナスが死んだ。それで俺は自分が許せなくなった。

好きな女を逆に陥れてしまった自分が憎かった。それで、後戻りはできないことを悟った。ヴィーナスに恨まれても文句は言えない。逆に恨まれなければ俺の罪は報われない。俺は罪人でいなければならない」

「……うん」

「そう、思っていたんだ。おまえを見る前は」



そう言って、ナイフを落として私を後ろからギュッと抱き締めた。肩に彼の頭が乗る。

その頭を撫でながら話の続きを聞く。



「おまえが……ヴィーナスにしか見えなかった。別人なのはわかってる。けど、俺の中にある魂が暴れるんだ。でも、俺には愛しく思う感情がない。だから胸が焼けるように苦しかった。苦しかったんだ。

俺にはおまえを想う権利なんてない。ヴィーナスを想う権利なんてこれっぽっちもない。愛を抱けない俺は悪者にしかなれないんだ。だから、本当の自分に嘘をついてこんなことをしてるんだ……」

「じゃあ、あなたは本当は何をしたいの?」

「俺は……ヴィーナスに、謝りたい。もう一度会いたい。愛したい……愛されたい」

「ふふふ……それなら、同化すればいいのに」

「……それは、許されないことだ。あいつが許してくれるわけない」



腕に力を込められてさらに密着する。彼の体温は熱かった。感情が昂っていてそれを吐き出せないから身体に溜まってるんだ。

吐き出せば、楽になれる。



「そうやって決めつけて。だから我が儘なんだよ。ほら、ちゃんと彼と話し合ってよ」



私は彼の頭をぽんぽんと叩くと身体を離した。スッと体温が離れたのが少し寂しかったけど、それどころじゃない。

彼らは、話し合わないといけないんだから。


私という支えがなくなって、ドサッと地面に崩れた彼。そんな彼に近づいて行く1体の魔物。



「マークさん……怒らないであげてください」



私はそっと彼に近づいて小声で言った。彼がそれを聞いてくれたかはわからないけど、怒らないでほしい。

彼だけが悪いわけじゃないから。




それからしばらくして、ロイさんとギルさんが戻って来た。



「まーじーで、疲れた 」

「ええ……おかげでストレス発散できましたけど」

「自分と戦うってのはあんな感じなのな。二度とゴメンだぜ」

「もう、懲り懲りです」




はあ、と2人でため息を吐いて肩を叩き合っていた。お疲れ様、と励ましているのだろう。

でも、まだ終わってない。



「まだ終わってませんよ」

「あ?ああ……そうだな」

「……あれは何をやってるんですかね」

「自分会議中です」



顔をつき合わせて議論を言い合っているみたいだけど、レンさんの声しか聞こえない。



「俺はそんなおまえが嫌いなんだよ!」

「一緒になるのはいいけど俺の存在を忘れるな!」

「ああ、わかったわかったからそういきり立つな。何もおまえだけが背負うことじゃねーよ」

「……なんで今さら恥ずかしがってんだよ。周知の仲だって気づいてなかったのか?」



……なんか、だんだん赤裸々な内容に変わっているみたい。主旨が違う気がするけど、仲良さそうだから、まあいっか。


眺めていたら、不意に目が合った。今までの彼からは想像できないほど明るく微笑まれる。



「シーナ、こいつを返してやる」



こいつ……レンさんのこと?



「俺はこの気に食わないやつと同化することにした。俺は自分に素直になろうと思う。

それと……すまない。この騒動の発端は俺なのに、後始末はおまえたちに任せる形になってしまった」

「いいえ。気にしてません。明るくなったあなたを見て、もう十分です。

あなたはもうひとりじゃない。在るべきところに帰るだけなんだから、謝らないで。胸を張ってください」

「……ありがとう」



くしゃっと泣きそうな顔をして、今までで一番の笑顔を向けてくれた。

後悔から、未練から、存在意義から解放されてさぞかし気持ちのいいことだろう。


……その笑顔を、レンさんがしてくれたら私は何も言うことがないのに、と思う私は重症かもしれない。

早くレンさんに会いたくて堪らない。



「じゃあ、最後だ」



彼はそう言うと立ち上がって、私の目の前に立った。ずっと口角が上がっている彼の顔を見上げる。


そして、しばらく見つめ合った後、ギュッとその腕に抱き締められた。今度は正面から。

恥ずかしさよりも嬉しさが勝って、思いっきり私からも抱き締めた。



「良かった……本当に良かった……」

「ああ。ありがとう。感謝してる。こんなダメな俺を認めてくれて、受け止めてくれて。

そんな俺よりもレンは闇に捕らわれている。俺の助言だけで堕ちた男だ。まあ、おまえの想いを知れば別の意味で堕ちるんじゃないか……?」



と、最後は耳元でぼそぼそっと言われた。一気に顔に熱が集まる。

私は思わずドンッと彼の身体を押した。


彼はそれでもニヤニヤと笑っているだけだった。



「……じゃあ、な。世話になった。同化すれば俺は俺じゃなくなる。でも、おまえの優しさは忘れない」



一瞬寂しそうな表情をしたけど、すぐに戻していつまでもニコニコと笑っていた。本当に負の感情の塊なのかと疑うほどに。


彼はマークさんに近づくと、手を彼の頭に乗せて目を閉じた。無表情に戻って、マークさんが離れてからもじっと動かなかった。

腕がだらりと下がっても微動だにしない。



「まさか……」

「な、なんですかロイさん」

「本当にキスがいるんじゃ……」

「キャー!……だろそこは。何絶句してやがる」



開いた口が塞がらないとはこのこと。冗談だとたかをくくっていたのに。まさか、本当に……?しないといけないの……?



「ギルさん気持ち悪いですよいきなり叫んで」

「シーナを代理してやったんだ。こいつの心ん中は今や暴れてるぜ?」

「というより、放心状態に近くないですか?」



おーい、とロイさんの手が目の前をひらひらと飛んでいてハッと我に返る。いけないいけない、現実逃避してた。



「じゃあ、あの……こっち見ないでください。するかしないかは別として、見ないでください……お願いします……」

「えー美味しいところを「はいはいダメですよ見ちゃ」

「……ちぇっ。だけど聞いてるからな「聞かないでください!耳塞いで!」

「……おー怖い。その手が怖い」

「逆らうと斬られますよ」




私が真っ赤な顔で柄に右手を添えると2人は苦笑して両手を上に挙げた。絶対に許さないんだから!


皆さんは私たちに背を向けて耳を塞いだ。ちびレンさんまで耳を塞いでくれていて、なんだか申し訳なく思ったけど前言撤回するつもりはない。


ちゃんと塞いでいるか確認した後、私はレンさんの方を向いた。

棒立ちになっているだけの彼が無防備すぎて笑えてくる。