「そうだ、知り合いだ。依頼の件で令嬢たちを探しているときに会った。そのとき、彼女はなぜか奴等に狙われていたんだ。運良く俺が助けたものの、その狙われた理由がわからずずっと考えていた」

「それで、今わかったと」

「そうだ。彼女は適応者であり、道具を使わずとも安定して世界の間を行き来できる。つまり、力が強いんだ。

だから、奴等に狙われた。力ある者は少ない方が良い。しかし、奴等も彼女の力を恐れていたため、迂闊には手を出せないでいたが……どうやら俺が奴等を焦らせてしまったようだな」

「まあ、獲物を横取りされちゃあ、そりゃ気に食わないだろうよ……そんで?おまえさんたちはどうしてそんなに仲が良いんだ?」

「ええっと、それは……たまたま宿の部屋がお隣みたいで……今朝も食事を一緒にしましたし……」

「ほほう、レンもやっとその気に「なるかよ」

「……わかったからそんなに睨むな」




マスターの言葉を遮りぴしゃりと断言したレン。しかし、まだ状況を飲み込めない者たちがいた。




「おめぇら、グルだったのか?」

「……酷いですね。黙ってるなんて」

「いや、俺はこの男が来るとは知らなかった」

「そうだ、俺が勝手に混ざっただけだ。グルなんかじゃない」

「ふーん……それで、あなた方は何者ですか?見た所、変な輩ではありませんよね?」

「これを見ればわかる、だろ?……おおっと、逃げるんじゃねぇよ」

「離せ!捕まってたまるか!」

「……別に、僕はチャラいお兄さんみたいに逃げも隠れもしませんが」

「てめっ!コノヤロ!どいつもこいつも俺の事バカにしやがって!」

「おいおい……」




ある物をレンとマスターが取り出すと、それを見た瞬間踵を返した野郎。しかし、その襟首を後ろからマスターの手がガシッと掴んだ。

青年の襟首もガシッと掴んだが、本人は至って焦らなかった。


2人が見せた物とは、小さな星のバッジ。マスターは5つ、レンは4つのバッジが付けられた真っ黒な手帳をそれぞれ懐から出した。

その真っ黒な手帳とは、ブランチである証。そして、バッジの数に応じて格がわかるという代物だ。

最高は5つ。このような容姿だが、一応マスターは最高ランクのようだ。レンはあと少しでそれに並ぼうとしていた。




「ありゃ?ランク上がったんだな。前は3つだったような……」

「それはいつの話だ?かなり前の話だろう」

「しゃべってねぇで俺を下ろせ!このっ!」

「あ?元気いっぱいだな。ここに置いて行ってもいいんだぜ?」

「俺にだって鈴はあるんだからな!」

「それを奪ってからの話だ」

「……」

「黙ってついて来いよ。そうすれば、悪いようにはしない。そこで話をしようじゃないか」

「誰が、ブランチなんかに……」

「……こんなワガママは置いて行きましょうか。僕は黙ってついて行きますよ」

「ああ!?喧嘩売ってんのか!?」

「……黙って、と言ったはずだが」

「ひいっ……はい、黙ります!喜んで黙らせてもらいます!」

「よろしい」




マスターは目が笑っていないにも関わらずニコリと笑い、持ち上げていた野郎を見据えた。

そんな彼の微笑みに恐れを成したのか、顔をひきつらせて黙りこくった。余程怖かったらしい。




「どこに行くんですか?」

「俺のアジトだよ、嬢ちゃん。今はちとうるさいのが居候しているがな……」

「はあ……でも、わたし動けなくて……」

「王子様がおぶってくれるから平気だよ、んじゃ頼んだぞレン」

「……誰が王子様だ」

「いいじゃねぇか。そう硬い事言わずによ、助けてやれや」

「言われなくてもやる」

「……レン、俺の鈴取ってくれ。両手が塞がって使えねぇから頼む」

「きみ、これ鳴らしてくれないか?」

「わたし、ですか?」




レンはマスターのポケットから引っ張り出した鈴を握り、シーナを軽々と背負うとその鈴を彼女に渡した。

どうやらレンも両手が塞がり、鈴を鳴らせそうにないようだった。


シーナは徐(おもむろ)に鈴を摘まみ、揺らす。

リンリンと音を奏でると、徐々に周りの風景が変わり始めた。明るさが戻ったと言っても良い。



そして、現の世界に戻って来た時にはすっかり夜は明け、冷たい空気だけが店内に充満していた。人がひとりもいない。





「……あ。取っ捕まえるの忘れた」




そんなマスターの呟きは、冷たい空気に吸い込まれてしまい虚(むな)しく消え去っていった。








「ちょっと、あなた!今日は外出しないって行ってなかったっけ!?それに酒臭いわよ!」

「ああー、悪いな。ちょっと野暮用でよ」

「どんな野暮用よ!そこに座り……って、あら?あなたはレンちゃん?」

「そうです、おばさん」

「きゃー!レンちゃん!?ホントにレンちゃんなの!?まあまあ、大きくなって……それに、随分良い男前になったじゃないの!」

「あはは……おばさん、彼女を座らせたいんですけど」

「あら、失礼。まずは怪我人が先ね」




マスターのアジト……あの居酒屋に戻ったご一行。そこで待っていたのは、マスターの奥さんとあの令嬢3人だった。

マスターの奥さんはレンに駆け寄ると、キラキラと目を輝かせ、しきりにレンの身体を目線だけで撫でた。

それに苦笑しながらも、レンは内心懐かしさでいっぱいだった。マスターと同様、ここしばらく会っていなかったからだ。


シーナは椅子に座らせられると、ふう……とため息をついた。何しろレンの背中でずっとおぶってもらっていたため、変に緊張してしまって身体を固くしていたのだ。

そして、そんな彼女を好奇な目付きで見つめる6つの瞳。それと、小声で話す話し声。




「ちょっと!イケメンがたくさん来たわよ!」

「目の保養、目の保養っと……おじさんは確かにダンディーだけど、やっぱり若くなきゃね」

「それにしても、あの子は誰なのかしら。一番カッコいい男に背負ってもらっていたけど」

「ええー!わたしはあの子がいいわ。あのメガネをかけてる子よ」

「わたしもそう思うわー……」





そんな会話を近くで聞いているシーナ。その会話の内容なだけに、身震いをする。品定めをするかのように目線をキラリと光らせている。まさに猛獣だ。




「あらら……酷い色ねぇ。痛かったでしょう」

「そうでも……ありませんでした。それどころではなかったので……」

「まあ!もしかして男にでも襲われたの?可哀想に……もう平気だからね!」

「いえ、あの……そういうわけじゃ」

「さてと、湿布はどこかしら……」

「あの……はあ……」




勝手にあらぬ方向で解釈されてしまい、ため息を吐くシーナ。



(悪い人ではないんだろうけど……でも、少し困る)



そんな風景を呆れたような目で見ていたマスターは、奥さんに説明しようとその後を追いかけ姿を消した。

その途端、3匹の猛獣が頭角を現す。




「お兄さんたちカッコいいですね!お名前は?」

「は?なんだコイツら」

「この街の貴族のご令嬢たちだ」

「なんで、そんな方たちがこんなところにいらっしゃるんですか?」




青年の問いに丁寧に説明するレン。その低いボイスに酔いしれたのか、猛獣たちの目にはハートマークが見え隠れしている。




「……つーことは、アレだろ?家出、とかなんだろ要は」

「アンタにわたしたちの何がわかるのよ!顔もそんなに良くないくせに!」

「なんだと!?」

「そうよそうよ!」

「他の2人よりも劣ってるわ!」

「……ちっ!」




最後の言葉には実感している部分があるのか、それ以上反論せず舌打ちをした野郎。

しかし、そんな彼を他所に猛獣たちのアピールは続く。




「ねえ!この後どこかに行きませんか?」

「飲みに行きましょうよ」

「生憎、僕はまだ未成年ですよ」

「飲みにって言っても、お酒だけが飲むことじゃありませんから!ね?お願い!」

「今日だけでいいですから!まだお店は開いてますよ!」

「……はい、そこまでー。あなたたちはいい加減お家に帰りなさい!」

「ええ!おばさんそれは酷いよ」

「やっと自由になれたのに!」

「また勉強だのお稽古だのはイヤよ!」

「親御さんたちがどれだけあなたたちの身を案じているかわからないの?ブランチに頼む程なのよ?」

「だって……毎日キツイもの……」

「同じことをずっと、続けて来たのよ?」

「もう、懲り懲りなのよ!」

「ワガママ言わないの!早くお家に帰りなさい!」

「「「イヤ!」」」




救急箱を手にぶら下げながら戻って来た奥さん。彼女たちの誘いの言葉が耳に入っていたのか、治療をしながら帰るように催促する。

しかし、まったく聞く耳を持たない彼女たち。


実は、こうして命が救われたというにも関わらず、彼女たちは一度も家に帰っていないのだ。それ以前に問題なのは、帰ろうとしないこと。

おかげで、報酬をもらう手筈は長引き、未だにレンの手元には渡って来ていないのであった。




「まったくもう!ホントにお嬢様ね!頑固で聞く耳持たずなんだから!」

「わたしたちはもう、大人なのよ!ほっといてよ!」

「大人って……まだ16歳とか17歳じゃないの!」

「大人なの!自分だけでできるし、やりたいことや、してみたいことだってあるの!」

「口出ししないで!」

「……良いなぁ」

「「「は?どこが?」」」




奥さんと令嬢たちとの口喧嘩を止めたのは、シーナの意外な一言だった。その一言を漏らしたことに気づいていなかったのか、一瞬きょとんとした彼女だけれど、思い出したのか慌てて言い直す。




「あっ!あの……変な意味はないんです。その……家って良いなって思って……」

「はあ?あんた変なこと言うのね」

「え、変……ですか……?」

「……謝れ」




変、という言葉に表情を翳らせる彼女の想いを察したのか、黙っていたレンが口を出した。

その想いは、彼も思っていること。




「謝るんですか?彼女に?なんでですか?」

「……彼女には恐らく、家族と呼べる人物はいない。その意味がわかるか?」

「はい……孤児ってことですよね?」

「そうだ。孤児にとって一生手に入らない者は、血の繋がっている人物。その人物の愚痴を言えたり、不満を言えたりする特権は、幸福な者にしかできないことだ。

つまり、その幸福を彼女が羨ましがることは必然だ。それを、あなたたちはバカにした。変だと言ったんだ」

「おめぇらは、人権そのものを今バカにしたっつうことだよ。いくらおめぇらが知らなかったとは言え、何も知りもしない人間をバカにするような真似はするんじゃねぇ。だからまだガキだっつってんだろうがよ」

「なっ……だって……知らなかったし」

「だってもクソもありません。そんなこともわからないあなたたちが自分勝手な行動をしたところで、周りにはいい迷惑でしかありませんよ」

「「「……」」」





皆に散々言われ、落ち込む3人。さっきまでの猛獣並みの威勢はどこへやら、まるで水をかけられた猫みたいになっている。

シーナはそんな彼女たちが可哀想に思えてきて、声をかけた。




「そ、それなら……働いてみたらどうですか?」

「働く?」

「はい。家を宿だと思って、普段は街に出て働くんです。働くと言えば、お家の人たちは納得するんじゃないですか?」

「そう簡単そうに言われてもねぇ……そこまで偉くないもの」

「そうなんですか?さっきまであんなに不満をぶちまけていたじゃないですか。てっきりお家でも言ってるのかと思いました」