女性がひとり、外で夜中にも関わらず踊っていた。

人目のないところ……ないところ……と探し当てたのがその、ちょっとした公園だった。

まったく人の気配のしない公園。物騒だが、女性は仕方なくそこにした。誰にも見られたくないからだ。


その女性とは……シーナしか思い当たらない。

挫いた足の調子を確認しているのだ。1日サボってしまったので、なまっていないか居ても立ってもいられなくなり、奴等が来ないことを祈りながら練習をする。

格好はジャージにフードのついたパーカー。もし襲われそうになったときは動き易いし、誰かに見られても、フードを被っていればわかりづらいはずだと考えたのだ。

だが、もともと練習はこの格好でやっていたため、問題はないのだが。




(レンさんとは昼間会わなかったな……)




練習の休憩中、ふとそんなことを思った。知らず知らずの内にビラを配りながら何気なく探していたらしい。

知らない男には毎回話しかけられるが、迷惑と思いながらもお客になるかもしれない人に態度を変えるわけにもいかず、やんわりと断りながら仕事に没頭する。


シーナが団長に、今日はビラ配りに専念してもいいかと申し出ると、あっさり寝不足だとバレた。しかし、足のことは気づかれなかったため、ほっとした。

いくら靴下で隠したとはいえ、足首の色が変色しているところなど、団長だけでなくお客に見られたら大問題だ。


踊り子にとって、透明さ、美しさは必要不可欠。こんな足をさらけ出してしまったら一生笑い者だ。

そのためにも、安静は大事だが勘を取り戻すのも大事なわけで……


こうして、人目から逃れ彼女は踊り続ける。



イメージトレーニングで、頭の中に流していたメロディーが終わりを迎え決めポーズを取る。

拍手もついでに流し、気持ちを昂らせた。

ポーズを取った拍子にフードが頭から外れる。汗も飛び散り、キラキラと彼女の周りを舞った。心なしか、表情もキラキラとしている。


その表情は、お客の前で踊っているときよりも、格段に輝いて見えた。

ジャージに砂が付くのも構わずペタンと座り込み、息を整える。想像以上に踊り、とは疲れるのだ。



ふと、公園の入り口に誰かが立っているのが視界の端に映った。あらかじめ持って来ていた水筒から水を一口飲んだ後、確かめようとちらっと見る。

しかし、誰も居なかった。なーんだ、と思いシーナは前を向いた。



その途端、彼女は水筒を投げ捨て走り出した。その表情は先程とはうって代わり、青白い顔になっている。

その原因は……目の前にあった奴等の顔。魔物の顔だった。ニタァ……とグロい笑みを浮かべ、彼女の顔を堪能していたのだ。

その体躯は大きく、小物の低級な奴等とは比べ物にならないことは彼女にも感じられた。


悲鳴を上げることすら忘れ、無我夢中で走り続けるシーナ。しかし、足を挫いていたことが頭からすっぽり抜けていたのが仇となった。

急に片足に激痛が走り、彼女は少し呻いた。




「イタッ……」




しかし、立ち止まっているわけにもいかない。後ろを振り向くと、大きな魔物がすぐそこまで迫っていた。

動きは遅いのに、スピードは速い。

そして、彼女の鼓動もまた、速かった。




(どうしよう……)



彼女は疲れと恐怖で働かない頭をフル稼働させて、路地裏へと身を隠す。そして、少しずつ歩き出す。

それにしても、人の気配がまったくしない。灯りすらもない。しかし、紫色の月のみが地上を照らす。




(おかしい……いつもはすぐ人通りに戻れるのに)




人の気配がしないところでいつも練習している彼女。そのため、仲間からは不思議がられていた。

どこで練習しているのかと……大半はビラ配りをしているため、練習する時間はあまりないはずだし、見たこともない。

しかし、彼女の踊りは洗練されているのだ。まるで、怠ったことがないと思える程に……




彼女は後ろを振り向かずに前だけを見て歩く。後ろを振り返れば、二度と前を向けないのではないかと、そんな考えが頭をよぎったからだ。



(レンさん……)



ふと、彼の名前を呼んだ自分に違和感を覚える。



(なぜ、彼の名前を……?会って間もないのに)




その考えで歩調が落ちたのか、真後ろから荒い息遣いが聞こえて来た。身体中が総毛立つような感覚に襲われる。



(ち、近いよっ……どうしよう……誰か……)




助けを求めるかのように涙目になる彼女。その間にも、息遣いが近づいて来る。



(レンさん……助けて……)




彼女がそう願った時、煌々と灯りが灯っている店を一軒だけ見つけた。

ひとつの望みを持ち、痛む足に叱咤しながら無理やり走る。ドアノブに手をかけるのも億劫で、そのままドアに体当たりをする。

その瞬間、魔物が雄叫びをあげ店の中に突っ込んで来た。人々の罵声や悲鳴が聞こえ、さらには食器の割れる音や足音が響く。


どうやら、焦った魔物がその巨体ごと店の小さな空間に身体をねじ込んだようだ。先回りをして、彼女の入店を阻止しようとした結果、このようになった。

騒然とする店内。そんな中、彼女の身体は誰かの腕によって宙に浮いた。

横抱きにされた彼女は驚きに固まるが、視線を少し下に下げた時、見知ったネズミが自分を見つめていて安堵する。




「レン……さん……」

「すまない。きみを放っておいてしまった。金に目が眩んで、すっかりきみが狙われているのを忘れてしまっていたんだ……すまない」

「そんな、二度も謝らなくても……」




シーナは自分を見下ろすレンの切なそうな瞳にドキッとした。そして、今の状況に赤面し顔を反らす。




「お楽しみ中わりぃが、こいつをぶちのめしてぇんだが」

「せっかくの頂上決戦が台無しですね。責任取ってくれますか?」

「金確保ー!ふぅー。騒動に乗じて盗まれてなくてよかったってもんだ。しかし、コイツ昨日よりもデカくなってね?」

「そう言われてみれば……筋肉が付いたな」

「まあ、いくらデカくなろうが関係ないけどなー」

「少し座っていてくれ、すぐ終わらせる」

「あ、はい……お気をつけて」




レンはシーナを椅子に座らせると、大剣を構える。布がほどけ、キラリと切っ先が光った。




「お?おまえすげぇの持ってるな!クレイモアじゃねぇか。どこで手に入れたんだ?」

「もらった」

「はあ!?こんな高価な物をか!?ありえねぇ……」

「報酬として、な……来るぞ」




レンがそう言うな否や、雄叫びを上げ襲いかかって来る魔物。しかし、レンはクレイモアを振り回しその刃(やいば)全体で魔物を店から押し出した。

さすがに店内では狭すぎるし、何しろ彼女がいる。マスターに目配せすると、意図がわかったようでシーナの前に立ちはだかった。

前に向き直し対峙する両者。しかし、魔物の対戦相手は彼だけではなかった。



「てめぇのせぇで決着がつかなかったじゃねぇか……どうしてくれんだ、ああ!?」

「僕は今虫の居所が悪いんですよ……少しうるさいですね茶髪のお兄さん」

「あ?おまえに言ってねぇぞ?」

「それでも、です」

「んだと!?」

「無駄口をたたいている場合かっ!」




2人が睨み合っている間も襲いかかって来る魔物。レンが応対するも動きが昨日よりも速くなっておりなかなか傷をつけられないでいた。



「そうですね。僕も戦いましょう」

「ちっきしょ!めんどくせぇけど、いっちょ殺るか!」




野郎はダガーと呼ばれる短剣を、青年はナイフをその手に握る。



「ちっさ!」

「あなたに言われたくありませんね」

「ああ!?殺るか?」

「だから、無駄口をたたいている場合か!」

「……ちっ。倒せばいいんだろ?倒せばよっ!」

「まずは……そのいけ好かない目玉を潰しましょうか」




青年はそう言うと、ナイフを華麗に投げた。それは真っ直ぐに飛び、見事魔物の片目に突き刺さる。

魔物はあまりの痛さに両手で目玉があったところを抑え、呻いた。



「やるなおまえ。俺も!」



野郎はそう言うと、魔物の足元に素早く走り寄り、ダガーを突き立て横に振り切る。

どうやら斬ったところにはちょうど腱があったようで、魔物はバランスを崩し倒れ込む。

そして、すかさずレンが魔物の喉にクレイモアを突き立てた。


魔物は手足をばたつかせた後、やがて動かなくなり闇へと溶け込み消えた。

野郎はダガーを鞘におさめ、青年は残ったナイフを拾い上げ同じく腰におさめた。



「はあー、まだ足んねぇ。むしゃくしゃしやがる」

「僕も同意見です」

「くそっ!俺が勝つはずだったのによ!」

「……どの口がそれを言うんですか。お兄さんの手から舞ったカードをちらっと見せてもらいましたが、勝てそうにありませんでしたけど」

「てめっ!どこ見てやがんだ!」

「どこって、床ですけど」

「そういう意味じゃねぇー!」

「はあ……」



やれやれといった感じでため息をつきたがら、レンは店の中に戻る。

そして、彼女のもとへと戻った。




「怪我はあるか?」

「怪我は……ないですけど……」



ちらっと足首を見る彼女の言いたい事がわかり、またため息をついた。



「随分無茶をしたな、嬢ちゃん。靴脱いで足見せてみな」

「あ、はい……っ!痛っ!」

「ありゃ、脱げない程悪化しちまったのか」

「イテテ……でも、脱いでみせます!」

「いや、強制はしないが……」

「貸してください」




と、青年が申し出る。シーナの前にしゃがみ込むと、靴に手をかける。彼女は痛みを予想し肩をびくつかせた。

しかし、予想していた痛みは襲って来なかった。不思議そうに自分の靴が脱がされるのを見る彼女。



「挫いた方向によって、痛む方向も変わりますからね。どの方向も痛い場合は別ですが」

「スゴいです!痛くありませんでした!」

「……にしても、すげぇ色」

「え、あ、ホントですね……見るとさらに痛くなってきました」

「んじゃ見るなよ」

「もう見ちゃいましたもん!無理です」

「だから、そんなずっと見てなくていいっつうこったろーが」

「ううう……でも、見ちゃいます……」




そんな彼女に周りが苦笑いすると、マスターが今思いついたかのように声を上げた。




「ありゃ、ここあっちの世界じゃねぇか!気づかなかったぜ」

「ん?……確かに」

「あっちの世界、ですか?」

「魔物が自由にしていられる世界のことですよ」

「いつの間に俺たちここに来てんだ?」

「……まさか。きみ、どうやってここまで来たんだ?」

「え!?ええっと……」




端正なレンの顔がいきなり近寄って来て胸が踊ったシーナ。驚いて声が裏返る。



「えっと……あの……人気のない公園で踊りの練習をしていて……それで、振り向いたらさっきのがいて……逃げていたらここにたどり着きました」

「人気のない……?きみはいつもそんなところで練習をしているのか?」

「は、はい……人の目が気にならない所は、とうろうろとしていると、大抵そんなところを見つけるんです。いつもならすぐに人のいるところに戻れるんですが、今日は戻れなくて……」

「……なるほど、そういうことか」

「どういうことだ?まったく話が掴めないんだが。それに、おまえさんたちは知り合いなのか?」




マスターがみんなの疑問を口にした。答えた彼女自身も最初のマスターの質問に同意見らしく、首を傾げている。