チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~


ひょこっと床に散らばったキャンバスを飛び越えながら、奥に立て掛けられていた椅子を開く。
そこに紙袋を起き、中からベーグルを取り出した。

「食べる?」
「あ、いえ、あたしは…」
「お腹すいてないの?」
「や、そういう訳じゃなくて…」
「じゃ、食べなよ。はい」

あまりにも強引でいて、どこか優しいその声に、あたしは「はぁ…」と手を差し出した。

「…ありがとうございます」
「ここのベーグル、すっごい美味しいの。食べて食べて」

無邪気な笑顔をあたしに向けて、がぶりと豪快に、取り出したベーグルに食らいつく。

戸惑いながらも、あたしも一口それを食べた。

「…美味しい」
「でしょ!?」

焼きたてはもっと美味しいんだよぉ、と、人懐っこい笑顔を向けた。

その笑顔を見て、あたしもようやく笑顔になる。

…正直、かなり意外だった。

偏見かもしれないけど、芸術肌の人ってもっと取っつきにくいのかと思っていた。
間違っても、こんな気さくにベーグルを差し出す様な人は想像してなかったし。

それに女の人っていうのにも驚いた。

春樹のお兄さんの知り合いということから、勝手に男性だと考えていたからだ。