「…春樹」
春樹だった。人混みの中、足早に行く人達に迷惑そうな視線を浴びせられながらも立ち尽くしている。
その人は確かに、春樹だった。
彼はしばらく呆然とあたしを見ていたが、怪訝そうな表情に変わった。
その理由はすぐにわかった。
「サクラちゃん?どうしたの?」
すぐ後ろに高藤さんが戻ってくる。あたしは戸惑ったまま、どちらを見ていいのか迷った。
多分今春樹の中には、沢山のクエスチョンマークがあるはずだ。
久しぶりに会った『亜弥』を、『サクラ』と呼ぶ中年男性。
お父さんだと、冗談めいた嘘すらつけない。
ただひたすら黙っているあたしの後ろで、高藤さんは春樹の存在に気付いたみたいだった。
沢山の人が行き交う中、微妙な関係の三人がただ立ち尽くす。
その光景を端から見る別のあたしが、「あーあ」と笑った。
多分、春樹は気付いた。
あたしと高藤さんの関係。
あたしの、知恵にさえ言えない秘密に。



