「いきなりすみません。都合、大丈夫でしたか?」
「平気平気。丁度同僚に誘われたから、うまい理由も見つかったしね」
奥さんもたまには息抜きできていいでしょ。高藤さんはサラリと残酷な笑顔を見せた。
「でもサクラちゃんから呼び出しなんて珍しいね。お小遣い足りなくなった?」
そんなんじゃないですと、試供品程度の笑顔を引き出す。そんなんじゃないです。ただ、誰かに側にいて欲しいだけ。
「じゃ、行こうか」
ここが人通りの多い場所だからか、彼はなるべく早くホテルに向かいたがっている様だった。あたしが今日は制服じゃないことには、敢えて触れてはこなかった。
彼が歩き出した少し後ろをついていこうとした。
まさに、その瞬間だった。
「亜弥?」
…呼ばれた、と、思った。
あたしの、本当の名前を。
もう誰も呼んでくれる人なんていないと思ってた程、呼ばれなかった名前を。
思わず立ち止まった。
多分物凄いスローモーションで振り向いたと思う。
流れる人の中、随分と会っていなかった人の姿が見えた。



